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バーネット バーネット Barnett, Samuel Augustus

14件 の用語解説(バーネットの意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

バーネット
バーネット
Barnett, Samuel Augustus

[生]1844.2.8. ブリストル
[没]1913.6.17. ロンドン
イギリス国教会牧師,社会改良家。ロンドンの極貧の小教区の牧師となり,成人夜学校を創始,社会事業に献身した。 1875年 A.トインビーの小教区訪問を機にオックスフォード大学生と交流,大学生の社会活動を組織し,84年にはトインビーを記念するセツルメントトインビー・ホールが創設され,バーネットはその長となった。

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バーネット
バーネット
Burnet, Gilbert

[生]1643.9.18. エディンバラ
[没]1715.3.17. ロンドン
イギリスの聖職者,歴史家。 1669年よりグラスゴー大学神学教授。国王チャールズ2世不品行をしばしば忠告し,85年ジェームズ2世の即位とともにオランダに亡命,同地で,オランニェ公ウィレム (のちのウィリアム3世 ) の信用を得て,88年名誉革命に際し従軍牧師としてオランダからイギリスに同行。

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バーネット
バーネット
Burnet, John

[生]1863.12.6. エディンバラ
[没]1928.5.26. セントアンドルーズ
イギリスのギリシア哲学研究家。 1892年セントアンドルーズ大学教授。おもな業績は,言語学的知識を多用したギリシア哲学史と『プラトン全集』の校訂。イデア説をソクラテスのものとし,バーネット=テーラー説を立てた。

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バーネット
バーネット
Burnet, Sir (Frank) Macfarlane

[生]1899.9.3. ビクトリアトララルゴン
[没]1985.8.31. メルボルン
オーストラリアの医師,免疫学者。 1923年メルボルン大学で学位取得。 26~27年ロンドンのリスター予防医学研究所で研究して帰国。 44~65年,メルボルン大学実験医学教授兼ウォルター=エリザホール医学研究所長。

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バーネット
バーネット
Burnett, Frances Eliza

[生]1849.11.24. マンチェスター
[没]1924.10.29. ニューヨーク,プランドーム
アメリカ女流作家。旧姓 Hodgson。イギリスに生れ,父を失ってのち一家とともに渡米,1873年医師スワン・バーネットと結婚した。その頃から創作を始め,77年にランカシャーの鉱山を舞台にした処女作『ラウリーの娘』 That Lass o' Lowrie'sを発表,その後子供向けのロマンチックな作品を多く書いた。

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バーネット
バーネット
Barnet

イギリスイングランド南東部,グレーターロンドンを構成する 33地区の一つ。外部ロンドンに属する区で,グレーターロンドンの北西部に位置する。19世紀半ばに鉄道が通じるまではほぼ全域が農業地帯であったが,その後人口が急増して宅地化が進み,ロンドンの郊外住宅地となった。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル大辞泉の解説

バーネット(Frances Eliza Hodgson Burnett)

[1849~1924]米国の女流小説家。英国生まれ。「小公子」「小公女」「秘密の花園」などで人気を博す。

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百科事典マイペディアの解説

バーネット

オーストラリアの医学者。メルボルン大学卒,のち同大学実験医学教授。免疫抗体の産生機構についてクローン選択説を発表。ほかにウイルスにおける遺伝子組換え現象など多方面の研究がある。
→関連項目メダワー

バーネット

米国の女性作家。英国に生まれ,一家とともに米国に移住,早くから小説を書いた。《小公子》,《小公女》(1888年),《秘密の花園》(1905年)などが有名。
→関連項目若松賤子

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世界大百科事典 第2版の解説

バーネット【Frank Macfarlane Burnet】

1899‐1985
オーストラリアの医学者,免疫学者。メルボルン大学で学位を得た(1923)のち,ロンドン大学に留学。母国に帰ってメルボルン大学教授となる(1944)。動物ウイルスバクテリオファージの研究から免疫機構の研究に進み,抗体の生体内生産について,クローン選択説を唱えた(1957)。単一の特異的抗原を生ずる各クローンが抗原に刺激されて増殖するというもので,それまでの鋳型説を否定する革新的なものであった。この業績により,P.B.メダワーとともにノーベル医学生理学賞を受けた(1960)。

バーネット【John Burnet】

1863‐1928
イギリスの古典文献学者。スコットランド生まれる。エジンバラ大学オックスフォード大学に学び,《初期ギリシア哲学》(1892)により認められ聖アンドルーズ大学教授となる。彼の校訂になる《プラトン全集》5巻(1900‐07)は全集としては今日もなお最良のものとして価値を失っていない。ほかに《ギリシア哲学,第1部,タレスからプラトンまで》(1914)などがある。【広川 洋一】

バーネット【Samuel Augustus Barnett】

1844‐1913
イギリスの牧師で社会事業家。1867年,オックスフォード大学卒業後,聖職に入り,28歳のときロンドンのスラム地域の聖ユダ教会の司祭に任じられ,妻のヘンリエッタHenriettaとともに教区内の貧民救済にあたった。なおヘンリエッタは終生夫の事業に協力した。キリスト教社会主義者としてセツルメント運動を行っている。A.トインビーに影響を与え,トインビー没後にその名を冠した世界最初のセツルメント・ハウス〈トインビー・ホール〉の初代館長となり,1906年まで活躍した。

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All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

大辞林 第三版の解説

バーネット【Frank Macfarlane Burnet】

1899~1985) オーストラリアの医学者。ウイルスの研究で業績をあげたのち、免疫学に転じ、免疫の抗体産生についてのクローン選択説を提唱、免疫理論に基礎を与え急速な進展を促した。

バーネット【Burnett】

〔Frances Eliza B.〕 (1849~1924) イギリス生まれのアメリカの女性作家。児童文学「小公子」「小公女」「秘密の花園」で知られる。
〔Samuel Augustus B.〕 (1844~1913) イギリスの牧師・社会事業家。トインビー-ホールを設立。妻ヘンリエッタ(Henrietta)とともにセツルメント運動に尽力。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内のバーネットの言及

【クローン選択説】より

…1957年にバーネットF.M.Burnetによって提唱された免疫理論。高等動物は異物(抗原)の侵入に対して抗体を産生する。…

【クローン選択説】より

…1957年にバーネットF.M.Burnetによって提唱された免疫理論。高等動物は異物(抗原)の侵入に対して抗体を産生する。…

【セツルメント】より

…そして貧困を除去するために社会改良が重要であるとし,このために知識人がスラムに住み込んで貧困についての人々の認識を改めさせると同時に,スラムの人々との知的および人格的接触を通して,その自覚を促していく必要を主張している。この考え方は,1884年にS.バーネット夫妻を中心にして設けられたロンドンのトインビー・ホール(A.トインビーにちなみ命名)で具体化され,これが最初のセツルメントとされている。アメリカではJ.アダムズが89年にシカゴに建てたハル・ハウスがセツルメント運動をアメリカに広げる端緒を開いたといわれている。…

【トインビー】より

…とくに後者については,その主張はJ.H.クラッパムらの〈楽観説〉派から〈トインビー伝説〉と批判されたが,彼の立場への支持もいまだになくなってはいない。なお,イースト・エンドに現存する〈トインビー・ホールToynbee Hall〉は,その没後,1884年に彼を記念してS.A.バーネットが設立した世界最初のセツルメントである。【川北 稔】。…

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