パットン(英語表記)George Smith Patton

改訂新版 世界大百科事典 「パットン」の意味・わかりやすい解説

パットン
George Smith Patton
生没年:1885-1945

アメリカの陸軍大将カリフォルニア州サン・ガブリエルの生れ。第2次大戦で1942年北アフリカ作戦,43年シチリア上陸作戦に第7軍司令官として勇名をとどろかせたが,戦争神経症の兵を卑怯(ひきよう)者といって殴る事件を起こし,世論非難をあびて謹慎。翌44年,第3軍司令官に任命されてノルマンディー上陸作戦に参加,フランス戦線とドイツ戦線で卓越した作戦指揮と迅速果敢な戦車戦で武勲をたて,ライン川をモンゴメリーより早く渡河して称賛された。その厳格な訓練と勇猛ぶりから熱血漢Old-Blood & Gutsと呼ばれた。ドイツで自動車事故により死亡。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「パットン」の意味・わかりやすい解説

パットン
Patton, George Smith

[生]1885.11.11. カリフォルニア,サンガブリエル
[没]1945.12.21. ハイデルベルク
アメリカの陸軍軍人,大将。 1909年陸軍士官学校卒業。第1次世界大戦でアメリカ最初の戦車隊長。戦車による迅速な機動戦を主張し,第2次世界大戦では,42年北アフリカ進攻で軍団長,43年のシチリア島上陸では,第7軍司令官として戦車を駆使し,パレルモを攻略。 44~45年までは西部戦線で第3軍司令官に任じ,その迅速な追撃戦で有名になった (→射撃および運動戦術 ) 。ドイツで自動車事故のため死んだ。軍律のきびしさ,激しい気性と自己犠牲の精神によって部下の絶大な信頼を得たが,外部からの非難も強かった。著書『私が体験した戦争』 War As I Knew It (1947) 。

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