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ヒバ・ハン国 ヒバ・ハンこく Khiva Khanate

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ヒバ・ハン国
ヒバ・ハンこく
Khiva Khanate

16~20世紀初め,中央アジアにあった封建国家。 1511年にシャイバーニー朝のイルバルスがホラズム (フワーリズム) の地に建国したことに始る。第 11代のアラブムハンマド1世 (在位 1602~23) が首都をウルゲンチからヒバに移したことからヒバ・ハン国呼ばれるようになった。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ヒバ・ハン国
ひばはんこく
Khiv

1512年、シャイバン家出身のエルバルス・ハンが、遊牧ウズベク諸部族を統合して、アラル海の南部、アムダリヤ下流域のホラズム地方に建てた国。首都は初めウルゲンチにあったが、アムダリヤ支流の乾燥化のために1615年ヒバに移された。住民は、ウズベクと、先住のトルコ化したホラズム・オアシスの定住民と、遊牧、牧畜を営むトルクメンとからなり、宗教はスンニー派イスラムであった。ハン国は諸部族間の対立やトルクメンのたび重なる反乱、ブハラ・ハン国との絶え間ない抗争などから、政治的、社会的な安定を欠き、文化や経済の発展も阻害された。18世紀末からウズベクのコンギラト部族が有力となってコンギラト朝を開いたが、1873年中央アジアの征服を進めるロシアの遠征軍に破れてその保護国となった。そしてロシア革命後の1920年、ソビエト政権に敵対したハンの権力は、赤軍の支援を得た国内の反体制派によって打倒され、新たにホラズム人民ソビエト共和国が成立し、24年ウズベク(現ウズベキスタン)およびトルクメン(現トルクメニスタン)共和国に編入された。[小松久男]

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