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ビュデ ビュデBudé, Guillaume

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ビュデ
Budé, Guillaume

[生]1468.1.26. パリ
[没]1540.8.20. パリ
フランスのユマニスト,古典学者。名門に生れ,オルレアンで 23歳のときから学問に専心,特に法学とギリシア語を研究した。自身すぐれた学者である一方,ユマニスムの社会的道徳的価値を意識し,国王フランソア1世の文化政策面の顧問として活躍,今日のコレージュ・ド・フランスの母体である「王立教授団」の設立 (1530) に尽力した。ラブレーら後進に勉学をすすめ,宗教改革運動にも大きな影響を与えた。主著『古代貨幣考』 De asse et partibus (15) ,『ギリシア語考』 Commentarii linguae graecae (29) 。

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世界大百科事典 第2版の解説

ビュデ【Guillaume Budé】

1468‐1540
フランス・ルネサンスの人文学者。法律を学び狩猟に興ずる青春を過ごすうち翻然と古代研究に己の道を見いだし,辛苦の末に当時学ぶべき師も見いだせなかった古代ギリシア語を習得し,ついにはエラスムスと並び称される人文主義の指導者となった。《ユスティニアヌス法令集注解》2巻(1508‐26)は,ローマ法研究に初めて歴史学的・言語学的方法を適用した革命的業績であり,《古代貨幣考》(1515)もまた古代社会経済史の根底に実証的な検証を加えた大著である。

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大辞林 第三版の解説

ビュデ【Guillaume Budé】

1468~1540) フランス-ルネサンス期の人文学者。特に法律とギリシャ語を研究、コレージュ-ド-フランスの基礎を築いた。著「ギリシャ語考」

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ビュデ
びゅで
Guillaume Bud
(1468―1540)

フランスの人文学者(ユマニスト)。パリに生まれる。法律とギリシア語を研究し、その学識はエラスムスと並び称される。初めて歴史的・言語学的方法を適用してローマ法研究を一新した『ユスティニアヌス法令集注解』Annotationes in Pandectas2巻(1508~1526)、『古代貨幣考』De Asse(1515)、『ギリシア語考』Commentarii linguae graecae(ラテン語)(1529)の大著がある。またフランソア1世の側近として、コレージュ・ド・フランスCollge de Franceの前身である王立教授団を実現(1529)させ、フランス・ユマニストの父と仰がれる。橋由美子]
『『ある古典学者の話――ギヨーム・ビュデの場合』(『渡辺一夫著作集4』所収・1971/増補版・1977・筑摩書房)』

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