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ピュロス ピュロス Pyrrhos; Pyrrhus

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ピュロス
ピュロス
Pyrrhos; Pyrrhus

[生]前319
[没]前272
古代エピルスの王 (在位前 307~302,前 297~272) 。 12歳で王位についたが5年後に簒奪され,デメトリオス1世に従ってアジアへ行き,その後人質としてアレクサンドリアへ送られ,そこでプトレマイオス2世フィラデルフォスの娘アンチゴネと結婚,彼の援助を得て王位に復帰 (前 297) 。

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ピュロス
ピュロス

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百科事典マイペディアの解説

ピュロス

ギリシア北方エペイロスエピルス)の王(在位前307年―前303年,前297年―前272年)。ヘレニズム的君主国家を樹立,マケドニアテッサリアに進出。一方,南イタリアギリシア人植民市タレントゥムを援助し2度にわたりローマ軍を撃破,シチリアにも出兵した。
→関連項目ネオプトレモスミュケナイ文明メッセニア

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世界大百科事典 第2版の解説

ピュロス【Pyrrhos】

前319‐前272
ギリシア北方エペイロス(エピルス)の国王。在位前307‐前303年,前297‐前272年。父王の失脚後王位に就いたが反乱に遭って逃亡,前297年プトレマイオス2世の援助で復位を遂げる。南イリュリア地方にまで王国を拡大,マケドニアの抗争にも介入して国境地帯を獲得し,アテナイやテッサリアの一部をマケドニアの支配から解放したが,前284年リュシマコスに敗れ占領地を返還せざるをえなかった。前280年ローマに圧迫されていたタレントゥム市の要請に応えてローマ軍を破り,ローマまでわずかの所まで迫った。

ピュロス【Pylos】

ミュケナイ時代の宮殿址。ギリシア伝説のトロイア戦争物語のなかで活躍する老いた知将ネストルの宮殿は長く探索されていたが,1939年にようやく発掘確認された。それはペロポネソス半島メッセニア西海岸にある肥沃な平野をひかえ,ナバリノ湾なる良港に近い広さ120m×75mくらいの低い丘上にあった。厳重な城壁は十分には定かでないが,宮殿は丘の西半部を占めていた。遺跡は2~3の総合建物からなり,中央のものが主体となっている。

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世界大百科事典内のピュロスの言及

【ネオプトレモス】より

…その名は〈新しき戦士〉の意。ピュロスPyrrhos(〈赤毛の子〉)とも呼ばれる。母親はスキュロス島の王女デイダメイアDēidameia。…

【マクシモス】より

…貴族の家柄に生まれ,皇帝ヘラクレイオス1世の秘書となったが,615年ころ修道生活に転じた。640年ころから,当時政治的な理由で行われていたキリスト単意論の弾劾にたずさわり,645年にカルタゴで前コンスタンティノープル総主教ピュロスPyrrhosと論争を行った。これをきっかけに西方教会も単意論を異端とした。…

【ローマ】より

… ラティウムの平定後まもなく,前326年より前275年まで数次にわたって南東の山地種族サムニテス(サムニウム人)と激しく戦い,北東部のピケネス族,マルシ族,ウンブリアの諸都市と同盟を結んだ。サムニテスの服属後,南部に進出し,タレントゥムと戦い,後者の救援に遠征してきたエペイロス王ピュロスを敗退させた(前275)。こうしてローマは北部のガリア・キサルピナを除いたイタリアを制覇し,プトレマイオス王国と友好条約を結ぶ(前273)など,ギリシア世界と直接関係をもつまでになった。…

【ネストル】より

…ギリシア伝説のピュロス王。高齢の身にもかかわらず,2人の息子とともに90隻の軍船を率いてトロイア戦争に参加,みずからも戦場に出るかたわら,総大将アガメムノンとアキレウスの争いの仲裁に努めるなど,ギリシア軍の最長老として時宜に応じた助言・忠告を与えた。…

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