ロシアの詩人。フェートはドイツ人の母の姓。父はオリョール県の地主。両親がロシア正教会で結婚式を挙げないうちにできた子で,母の姓を名のらされ,貴族の権利を継承できなかった。そのため差別を受け,生涯をその権利の獲得に費やし,1873年についに父の姓シェンシンShenshinを名のることに成功した。1840年モスクワ大学在学中に処女詩集《抒情詩のパンテオン》を出して,ロシア詩に新しい韻律と言葉をもたらしたが,その高踏的・唯美的な詩は時流に合わず,60年代には沈黙した。80年代に入って《夕べの灯》(1883,85,88,91)と題して詩集を次々に出す。言葉で表すことのできない一瞬に明滅する美の表現を目ざしたフェートの詩の音楽は,V.S.ソロビヨフをはじめ,同時代の若い詩人やその後の象徴派に大きな影響を与えた。またショーペンハウアーの《意志と表象としての世界》の翻訳(1881)でも知られる。
執筆者:新谷 敬三郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
ロシアの詩人。地主貴族シェンシンが国外から連れてきた、ドイツ人官吏(実父)の妻を母にシェンシンの領地で生まれた。14歳で出生の秘密を知り、貴族の特権とシェンシン姓を奪われる。以来それを回復するために、軍務、領地経営、侍従職の打算と虚栄に明け暮れる生の散文が営まれたが、詩的世界は忌まわしい現実(ほかに母方の精神病の形質に詩人はおびえた)とは、およそかけ離れたところに成立した。詩才の開花は1850年代なかばからで、60年代には文壇主流の社会学的文学に論争を挑み、純粋美を主張した。フェートの詩の特徴は、つかのまの感覚、とらえがたい感情の捕捉(ほそく)に心を砕き、ことばによって表せぬものを詩行の響きとリズムによって伝えようとするところにあり、シンボリズムに通ずる。代表作である一連の詩集『夕べの灯』(1883~91)にはショーペンハウアーの影響もうかがわれる。
[島田 陽]
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