イギリスの詩人・劇作家C.マーローの悲劇。1588年ごろ初演。題材はおもにドイツで出版されたファウスト伝の英訳から得たと思われるが,民間伝承によった部分も多い。現存するテキストにはA,Bの2種類があり,Aにはマーロー以外の作家の手になると考えられる茶番的な場面が含まれていて,Bのほうが作者自身の作に近いとされる。すべての学問を修めながら魔術以外のものに失望したフォースタスは,善天使の説諭にも耳を傾けずに悪魔の手先メフィストフェレスを呼び出し,魂を売り渡すかわりに24年間自己のあらゆる欲望に彼を奉仕させるという契約を結ぶ。その後外国を旅行し魔術で教皇や皇帝をたぶらかしたりして放埒(ほうらつ)な生活を送るが,24年後ウィッテンバーグに戻り,歓楽の限りを尽くして苦悩から逃れようとしながらついに地獄におちる。中世末期の道徳劇の枠組みを借りつつルネサンス人の地上的あこがれの栄光と悲惨を劇的に描いた名作で,散文の笑劇的部分がときに全体の構図を乱すことはあっても,ヘレンの幻を見る場面や恐怖と絶望におののく幕切れなどに見られる力強い韻文は,きわめて高く評価される。
→ファウスト
執筆者:笹山 隆
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
イギリスの詩人・劇作家マーローの悲劇。1588~1592年作。初版刊行時期は不明。現存する二つの版(1604、1616)では、笑劇的、風刺的要素の濃い1616年版が原作に近いと考えられる。物語は、百科の学問に精通しても心満たされぬフォースタスが魔法でメフィストフェレスを呼び出し、魂を売り渡すという条件で24年間欲望の限りを尽くすという、いわゆるファウスト伝説の劇化。とくにヘレンの幻をみる場面と堕地獄に追い詰められる幕切れに、ルネサンス人の栄光と悲惨をのぞかせて圧巻である。
[玉泉八州男]
『平井正穂訳『フォースタス博士』(『エリザベス朝演劇集』所収・1974・筑摩書房)』
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…反面,無神論者で同性愛者だったという同時代人の証言もあり,政府の秘密諜報機関とかかわりをもち続けて,最後はその仲間とのいさかいで殺されたとされている。代表作としては,羊飼いから身を起こして一大大陸の覇者となったティムール大帝の勇壮で波乱に富む生涯を劇化した二部作《タンバレン大帝》(1587ころ初演),自己のあらゆる欲望を満たすために悪魔に魂を売り渡したファウストを主人公とする悲劇《フォースタス博士》(1588ころ初演),飽くなき物欲の鬼の破滅を扱ったメロドラマ《マルタ島のユダヤ人》(1589ころ初演),悪政によって内乱を招き残忍な権謀家の家臣によって殺される悲劇の王をめぐるイギリス史劇《エドワード2世》(1592ころ初演)などがある。これらの作品では,無限に広がりゆくさまざまな欲望のとりこになった典型的ルネサンス人の凄絶な追求と挫折のドラマが展開される。…
※「フォースタス博士」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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