イギリスの詩人、劇作家。シェークスピアを頂点とするエリザベス朝演劇の露払い役「大学才人(ユニバーシティ・ウィッツ)」の代表的人物。カンタベリーの靴職人の長男に生まれ、奨学金でケンブリッジ大学を卒業。在学中から、ウォルジンガムFrancis Walsingham(1532―1587)のもとで当時ヨーロッパ一を誇るイギリス諜報(ちょうほう)機関に関係し、最後はスパイ仲間に刺殺された。その間ウォーター・ローリー卿(きょう)ら進歩的文化人と親交を結び、無神論者の刻印を押されるなど、29年の生涯は波乱に富んでいる。戯曲としては、アジアの一羊飼いが欧亜大陸(ユーラシア)の征服者となり、「地上の王冠」を手にしながら死んでいく過程を描く悲劇『タンバレン大王』二部作(1587~1588)、ファウスト伝説に材をとる『フォースタス博士』(1588~1592)がよく知られる。ほかに、物欲に徹した男の悲劇『マルタ島のユダヤ人』(1589)、シェークスピアの『リチャード2世』に通ずる弱き国王の悲劇『エドワード2世』(1592)、聖バルトロメオの日に起こったユグノー教徒大虐殺を描く『パリの虐殺』(1593)など。これらの作品はいずれも、物欲、知識欲、征服欲など常軌を逸した欲望に憑(つ)かれ、挫折(ざせつ)しながらも従容として死につくルネサンスの典型的人間像を、無韻詩(ブランク・バース)で歌い上げている。イギリス・ルネサンスの申し子といわれるゆえんである。詩人としても非凡の才を示し、未完ながら、官能的筆致で運命に翻弄(ほんろう)される若い恋人たちの悲恋を描く伝統的物語詩『ヒーローとレアンダー』(1598)ほかがある。
[玉泉八州男]
『小津次郎訳『マルタ島のユダヤ人』(『エリザベス朝演劇集』所収・1974・筑摩書房)』▽『北川悌二著『マーロウ研究』(1964・研究社出版)』▽『P・ヘンダーソン著、川崎淳之助訳『マーロウ』(1971・研究社出版)』
イギリスの詩人,劇作家。カンタベリーの靴職人の子として生まれ,ケンブリッジ大学在学中に劇作を始めた彼は,その短い生涯を通じて早熟の異才としてもてはやされるとともに,エリザベス朝演劇の基礎を固めた偉大な先駆として演劇史に名をとどめた。反面,無神論者で同性愛者だったという同時代人の証言もあり,政府の秘密諜報機関とかかわりをもち続けて,最後はその仲間とのいさかいで殺されたとされている。代表作としては,羊飼いから身を起こして一大大陸の覇者となったティムール大帝の勇壮で波乱に富む生涯を劇化した二部作《タンバレン大帝》(1587ころ初演),自己のあらゆる欲望を満たすために悪魔に魂を売り渡したファウストを主人公とする悲劇《フォースタス博士》(1588ころ初演),飽くなき物欲の鬼の破滅を扱ったメロドラマ《マルタ島のユダヤ人》(1589ころ初演),悪政によって内乱を招き残忍な権謀家の家臣によって殺される悲劇の王をめぐるイギリス史劇《エドワード2世》(1592ころ初演)などがある。これらの作品では,無限に広がりゆくさまざまな欲望のとりこになった典型的ルネサンス人の凄絶な追求と挫折のドラマが展開される。マーローの劇は構成が散漫で人物(とくに女性)の性格に陰影が乏しいという欠点をもつが,その無韻詩(ブランク・バース)は力強く劇的な力に満ちており,それ以後の作家にとって一つの範となった。一方,詩人としてはオウィディウスなど古典作品の翻訳のほか幾編かの優れた抒情詩があり,また未完のまま残された情熱的な悲恋物語詩《ヒーローとリアンダーHero and Leander》(1598)は,流麗でときに官能的な詩的描写ゆえに高く評価されている。
執筆者:笹山 隆
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… 演劇の分野では,1576年にロンドンではじめて常設の劇場が開かれたのをきっかけに,次々と劇場が建設され,王室や貴族をパトロンとする劇団も数多く組織されることになった。80年代に先駆的役割を果たした大学卒のインテリ劇作家たち(大学才人)の中では,典雅な宮廷喜劇の創始者ジョン・リリーと,力強い劇詩のリズムとイメージを駆使してルネサンスの人間的欲望をテーマとする悲劇を書いたクリストファー・マーローが特に重要である。シェークスピアは彼らのあとを継いでエリザベス朝演劇を完成へと導いた。…
…ミケランジェロは男色者としての好みを作品の中に色濃く投影した。イギリスの劇作家C.マーローは居酒屋で男色行為にふけろうとしたときに喧嘩で殺された。シェークスピアは自分の愛する若者と〈黒婦人〉と呼ぶ女性の愛を競い合う妖しい三角関係を描いたソネットを残している。…
…悪魔は彼に魔術の世界を開く鍵を伝授し,数々の奇跡を実行する能力を彼に授けたのである。これに続いてまずイギリスのC.マーロー(1588)が,ドイツではレッシング(断片),ゲーテ,F.M.クリンガー(1791),N.レーナウ(1836),ハイネ(1851,バレエ台本),20世紀に入って,トーマス・マンの《ファウスト博士》(1947),バレリーの《モン・フォースト》(1946)がこのテーマを扱い,ファウスト伝説を豊富にした。ファウスト〈テーマ〉は救済型と破滅型に分かれるが,ゲーテのファウストのみが救済され,他はそれぞれの時代思潮からとられたテーマに従って一般に破滅型である。…
…イギリスの詩人・劇作家C.マーローの悲劇。1588年ごろ初演。…
…しかしルネサンスになると,本格的な歴史劇が数多く誕生する。イギリスでは,まず,クリストファー・マーローの《エドワード2世》と《パリの虐殺》を挙げねばならない。前者では自国の歴史が,後者ではフランスの歴史的事件が描かれた。…
※「マーロー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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