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フランドル Vlaanderen; Flandre; Flanders

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

フランドル
Vlaanderen; Flandre; Flanders

歴史的地名としてはネーデルラント南東部の伯爵領で,現在のフランス領ノール県,ベルギー東・西フランデレン州,オランダ領ゼーラント州の一部。その名前は8世紀に始り,「水に埋もれた地方」を意味する。 843年ベルダン条約で西フランクに属し,862年辺境伯領になり,北海スヘルデ川の間に勢力を築いた。 11世紀以降毛織物業が繁栄し,それとともに遠隔地貿易が発達し,ヘントブリュッヘ,イープル (イーペレン) などの諸都市が栄えた。 13世紀末から百年戦争にかけて,この富裕な地方に政治的野心をもつフランスとイングランド,支配者のフランドル伯,フランドル諸都市内部の都市貴族とこれに対立する職人層が入り乱れて複雑な対立と紛争を繰返した。 14世紀末ブルゴーニュ公領となり,続いてハプスブルク家の支配に属した。 16世紀中頃スペイン・ハプスブルク家の領土となり,ネーデルラント諸州のうちオランダは独立したが,フランドルは他の南部諸州とともにスペインの支配下に残った。 17世紀中,その南部をフランスのルイ 14世により奪われ,北部をオランダに奪われた。スペイン継承戦争の結果,1713年オーストリア領となり,さらにナポレオン1世によるフランスへの併合を経てオランダ王国領となり,1830年ベルギーの独立によりベルギー領になった。2度の世界大戦には重要な戦場となった。

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デジタル大辞泉の解説

フランドル(Flandre)

ベルギー西部を中心として、オランダ南西部からフランス北東部にまたがる地方。中世以来毛織物工業が盛ん。フランダース

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百科事典マイペディアの解説

フランドル

ベルギー西部を中心に,北フランス,南オランダの一部を含む地方。英語ではフランダースFlanders。住民の大部分はフラマン人でフラマン語を話す。ヘントブリュージュ(ブルッヘ),イーペル,リールなどの都市がある。
→関連項目オランダフラマン語フランス

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世界大百科事典 第2版の解説

フランドル【Flandre】

フランス北端部からベルギー西部にかけての地方で,北海,スヘルデ川,アルトアArtois丘陵に囲まれた地域を指す。オランダ語ではフランデレンVlaanderen,英語ではフランダースFlanders。中世にフランドル伯領のもとで最盛期を経験し,歴史的なまとまりをなした。 先史時代から定住は密であったが,最初の本格的な開発は,カエサルによる征服以降,ローマ人によって行われた。ゲルマン人の定住はサリー系フランク族を中心とし,7世紀に創建されたいくつかの大修道院を中心にキリスト教化と農村開発が進み,北海岸の港を通じてイングランドとの交易も発達する。

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大辞林 第三版の解説

フランドル【Flandre】

ベルギー西部を中心にフランス北部からオランダ南西部を含む北海に面する地域。かつてフランドル伯の領地。一一世紀以降毛織物工業の中心地。リール・ヘントなどの都市がある。フランネルの発祥地。英語名フランダース。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

フランドル
ふらんどる
Flandre

オランダ・ベルギー国境のスケルデ川(エスコー川)下流域から、フランス北東部のアルトア丘陵にかけての北海沿岸地域。「フランドル」はフランス語名で、オランダ語名フラーンデレンVlaanderen、英語名フランダースFlanders。[川上多美子]

地誌

現在のベルギーの東西両フランドル州(面積6126平方キロメートル、人口248万2716、1997)を中心とし、オランダのゼーラント州とフランスのノルド県、パ・ド・カレー県の一部が含まれる。ベルギーのアールスト、ヘント、ブリュッヘ、トゥールネー、フランスのリールなどこの地域の主要都市は、中世以来、毛織物工業の中心地。金属・化学工業も発達し、フランスのダンケルクは臨海型の最新設備を備えた鉄鋼業都市となっている。またベルギーのオーステンデとフランスのカレーは、イギリスとの間に連絡船や鉄道が通ずる交通の要地である。住民の大部分はオランダ語系のフラマン語を話すフラマン人系である。[川上多美子]

歴史

フランドル地方は紀元前1世紀にはローマ人が、紀元4世紀にはフランク人が占有するところであった。フランク王国領となった後、843年のベルダン条約で西フランク領に属した。862年にはブリュッヘを中心とするフランドル伯領が形成され、その後フランス国王領と神聖ローマ皇帝領に分割された。中世には商業の復活とともに海上交易の振興と毛織物産業の著しい発展がみられ、国際商業の中心地となる。イングランドから北海沿岸、ライン川下流域に広がる北西ヨーロッパ都市圏と南の北イタリア都市圏の中間地点に位置したフランドルには、イーペル、ヘント、ブリュッヘといった珠玉の中世都市が形成され、産業育成と交易とにおいて豊かな都市生命力を胚胎(はいたい)し続けた。しかし12世紀よりフランドルはフランス国王の強く干渉するところとなり、ことにフィリップ4世はフランドル伯領の統治に意欲を示した。しかしフランドル市民はその強大な経済力を背景に封建領主に対して市政自治の自由を要求して闘争を繰り広げていった。フランスとイングランドの商戦隊の相互略奪に端を発し、イングランドはフランドル向けの羊毛の積出しを停止し、同時にフランドルの織布の輸入を停止した。羊毛の輸入が困難となったことでフランドル諸都市には失業者があふれた。さらにフランドル市民軍がルースベクの戦い(1382)でフランス軍に制圧されるなど、当地域の支配権の争奪はやがて英仏の百年戦争(1337~1453)に道を開いた。
 1369年フランドルはブルゴーニュ侯領に編入され、文化史上に異彩を放つ一時代を画したことは文化史家ホイジンガの『中世の秋』(1919)に詳しい。1477年フランドルは神聖ローマ帝国ハプスブルク家の所領に、ついで同家のスペイン王位継承によりスペイン領となる。オランダ独立戦争の際、南ネーデルラントに属するフランドルはカトリック・スペイン領にとどまり、以後しばしば国際紛争の舞台となる。ウェストファリア条約(1648)によりフランドル北部はオランダ、南部はフランスに割譲された。フランス革命、ナポレオン時代には一時北部もフランス領に帰属したが、ウィーン会議(1814)により全域がオランダ領とされた。やがて北部優遇政策への反感から1830年にベルギーが君主国家として独立し、このとき東西フランドル州が誕生した。
 19世紀にはナショナリズムとリベラリズムの高揚でフランドルはベルギーの精華と称され、フラマン・ワロン問題という言語政策の渦中に投下された。20世紀に入って活発化するフランドル民族主義者の活動は、一時同じ民族主義を唱え、またイギリス進出をねらうドイツ第三帝国との提携を許した。1993年ベルギーは連邦国家へと刷新され、北部に「フランドル地域」「オランダ語共同体」そして南部に「ワロン地域」「フランス語共同体」が構成されるなど、言語別地方分権化が進められている。フランドルは政治、経済、宗教、言語とまことに輻輳(ふくそう)とした歴史を有している。[藤川 徹]

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世界大百科事典内のフランドルの言及

【染色】より

…染料や媒染剤は高価な輸入品であり,染色技術は高度化し,営業上の秘密となった。 中世織物業の中心地フランドルでは,良質のイングランド産羊毛をもとに優れた織布が製造され,染色と艶出しによる仕上げはとくに秀でていた。ここでは13世紀に早くも問屋制度が発達し,織元が羊毛や染料などを仕入れ,完成品を販売した。…

【ベルギー】より

…そのため,この国の誕生(独立)は1830年と比較的新しく,現在の領域自身もこうした歴史的経過の中でしだいに形づくられたものにほかならない。
【自然,地誌】
 ベルギーの地形は全体として平坦であるが,国のほぼ中央を東西に貫くサンブル=ムーズ川の流域を境に,北部のフランドルやケンペンKempenの低地と,中部の丘陵地,南部のアルデンヌ山地に分けることができる。北部は,スヘルデ川(およびその支流のレイエLeie川,デンデルDender川,ネーテNete川,リューペルRupel川)の流域で標高100m以下の低地が広がる。…

※「フランドル」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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