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ブルギバ Bourguiba, Habib Ben Ali

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ブルギバ
Bourguiba, Habib Ben Ali

[生]1903.8.3. モナスティル
[没]2000.4.6. モナスティル
チュニジアの政治家。サディキ大学 (チュニス) ,パリ大学などで政治学,法学を学んだ。フランス留学から帰国ののちデストゥール党に入党したが,指導部の態度にあきたらず,1934年非合法のネオ・デストゥール党 (64年にデストゥール社会党と改称) を結成してその書記長となり,独立運動を指導。その後フランスによる逮捕,釈放が繰返され,54年自由の身となった。 56年3月のチュニジア独立で首相となり,翌 57年7月王制から共和制に移行したあとは大統領 (初代) も兼任した。以後4選されたが,69年に首相兼任をやめて B.ラドガムを首相に選び,70年には H.ヌイラを新首相に任命した。 75年には終身大統領となる。国内的には穏健な経済改革,対外的にも穏健な中道路線を歩んだ。 87年 11月高齢のため職務遂行不能であるとしてベン・アリ首相により解任されて失脚,以後 13年間は自宅監禁下におかれていた。

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デジタル大辞泉の解説

ブルギバ(Habib Ben Ali Bourgiba)

[1903~2000]チュニジアの政治家。1930年代以来独立運動を指導。56年、独立とともに首相、翌57年初代大統領に就任し、近代化政策と穏健外交を推進。87年、クーデターにより解任。

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大辞林 第三版の解説

ブルギバ【Habib ibn ‘Alī Burgība】

1903~2000) チュニジアの政治家。独立運動を指導し、1956年独立を達成し首相、57年に初代大統領となる(在位、1957~1987)。権力を集中し穏健外交と近代化政策を推進した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ブルギバ
ぶるぎば
Habib Ben Ali Bourguiba
(1903―2000)

チュニジアの政治家で独立運動の指導者。モナスティールに生まれる。フランス留学後チュニスで弁護士を開業するかたわら政治活動に入り、立憲自由党(デストゥール党)の旧指導部の方針を批判して1934年に同党新派(ネオデストゥール党)を結成した。以来民族運動を指導し、1956年に独立を達成して首相に就任、1957年の共和制移行とともに大統領になり、与党デストゥール党(1964年に社会主義デストゥール党と改称)の党首を兼ねて権力を一身に集中した。1974年に終身大統領就任。外交面では中立主義を掲げながら概して穏健路線をとり、内政面では1960年代に社会主義政策を実施した時期があったが、一貫して現実的な経済と社会の近代化政策を進めた。後継者とみなしていたベン・サラー経済相やラドガムBahi Ladgham(1913―1998)、ヌイラHedi Nouira(1911―1993)、ムザリMohamed Mzali(1925―2010)、スファールRachid Sfar(1933― )らの歴代首相を政治・経済情勢の悪化とともに次々解任して自らの政治生命を維持していたが、1987年11月、病気を理由に追放された。[宮治一雄]

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