ブレジンスキー(英語表記)Brzezinski, Zbigniew

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ブレジンスキー
Brzezinski, Zbigniew

[生]1928.3.28. ポーランド,ワルシャワ
[没]2017.5.26. アメリカ合衆国,バージニア,フォールズチャーチ
ポーランド生まれのアメリカ合衆国の国際政治学者,政治家。フルネーム Zbigniew Kazimierz Brzezinski。1938年カナダに移住。1949年マギル大学を卒業,1950年同大学で修士号,1953年ハーバード大学で博士号を取得。アメリカに移住し 1958年に帰化。ハーバード大学ソビエト連邦問題研究所などを経て,1962年コロンビア大学教授。1966~68年ジョンソン政権のもとで国務省政策企画委員を務め,ベトナム政策でタカ派の立場を貫いた。1973年日米欧委員会をデービッド・ロックフェラー(→ロックフェラー)らと創設し,事務局長に就任。1977~81年カーター政権で国家安全保障問題担当の大統領補佐官を務め,対ソ連強硬政策を主張した。この間に,第2次戦略兵器削減条約 SALT IIの合意に取り組んだ。戦略国際問題研究所 CSISの理事,ジョンズ・ホプキンズ大学教授などを歴任し,1989年からブッシュ政権でも外交政策におけるブレーンの役割を担った。著書『ソビエト・ブロック:その統一と対立の歴史』The Soviet Bloc: Unity and Conflict(1960),『ソビエト政治におけるイデオロギーと権力』Ideology and Power in Soviet Politics(1962),『ひよわな花・日本』The Fragile Blossom(1971),『大いなる失敗:20世紀における共産主義の誕生と終焉』Grand Failure(1989),『孤独な帝国アメリカ』The Choice: Global Domination or Global Leadership。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ブレジンスキー
ぶれじんすきー
Zbigniew Brzezinski
(1928―2017)

アメリカの政治家、政治学者。ポーランドのワルシャワ生まれ。1938年アメリカに移住、1958年帰化。ハーバード大学で博士号を取得。1960年コロンビア大学準教授となり、1962~1977年同大学教授。この間、共産主義問題研究所長を務めるなど、ソ連・東欧問題の研究に従事。1977年カーター政権の国家安全保障問題担当特別補佐官に就任。1981~1989年コロンビア大学教授。その後、ジョンズ・ホプキンズ大学高等国際問題研究大学院教授。著書には『ソビエト・ブロック』The Soviet bloc(1960)などソ連関係のものや、日本を描いた『ひよわな花・日本』The fragile blossom ; crisis and change in Japan(1972)のほかに、『大いなる失敗』The grand failure(1989)、『ブレジンスキーの世界はこう動く――21世紀の地政戦略ゲーム』The grand chessboard ; American primacy and its geostrategic imperatives(1997)などがある。

[藤本 博 2019年1月21日]

『山口房雄訳『ソビエト・ブロック その統一と対立の歴史』(1964・弘文堂)』『大朏人一訳『ひよわな花・日本』(1972・サイマル出版会)』『伊藤憲一訳『大いなる失敗 20世紀における共産主義の誕生と終焉』(1990・飛鳥新社)』『山岡洋一訳『ブレジンスキーの世界はこう動く――21世紀の地政戦略ゲーム』(1998・日本経済新聞社)』

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