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ブロツワフ ブロツワフ Wrocław

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デジタル大辞泉の解説

ブロツワフ(Wrocław)

ウロツワフ

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百科事典マイペディアの解説

ブロツワフ

ポーランド南西部の商工業都市。ドイツ名はブレスラウBreslauオドラ川に臨む河港で,鉄道の要地。穀倉地帯に位置する一方,下シロンスク工業地帯にあり,機械,繊維,金属加工,化学などの工業が行われる

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世界大百科事典 第2版の解説

ブロツワフ【Wrocław】

ポーランド南西部,下シロンスク地方の中心都市で,同名県の県都。人口64万2900(1995)で,ポーランド第4の大都市。ドイツ名ブレスラウBreslau。オーデル(オドラ)川中流両岸に発達し,肥沃かつ広大な平野を後背地に控え,小麦,テンサイを中心とした穀倉地帯にある。第2次世界大戦中の被害が大きく,市街の大部分は戦後再建されたものであるが,13~16世紀のドイツ風の建物が多く残っている。学術文化の中心地で,1811年設立の大学は現在ビエルート記念ブロツワフ大学としてシロンスクの研究・教育の中心を担っている。

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大辞林 第三版の解説

ブロツワフ【Wrocław】

ポーランド南西部、オーデル川中流に臨む都市。製鉄・機械・楽器工業が発達。付近は石炭の大産地。ウロツワフ。ドイツ名ブレスラウ。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ブロツワフ
ぶろつわふ
Wrocaw

ポーランド南西部、下シロンスク(シュレージエン)地方の中心都市。ドルノシロンスク県の県都。人口63万3857(2000)で、首都ワルシャワウージクラクフに次ぐポーランド第四の大都市。ドイツ語名ブレスラウBreslau。オドラ(オーデル)川中流の両岸に市街地が発達する。大工業都市で、機械工業(ブロツワフ市の工業従業者の半数が従事)をはじめ、食品加工非鉄金属、印刷、建築資材、化学肥料、洗剤、合成繊維、木材加工などの工業が盛んである。とくに輸送機械ではポーランドの客車製造の40%を生産し、大型発電機やモーター、家庭用冷蔵庫、洗濯機も生産している。エレクトロニクス工業や精密機械工業では、ポーランド最大のコンピュータ卓上計算機組立て工場も立地する。
 また肥沃(ひよく)な穀倉地帯を後背地にもち、農産物の集散地でもある。第二次世界大戦後、ソ連に割譲した東方の地区から引き揚げてきた農民が、ドイツから「回復したポーランド領」である旧ブロツワフ県に農地を得た。多数の鉄道、道路が放射状に発する交通上の結節点で、国際列車が通り、空港もあり、オドラ川には河港をもつ。さらに、ワルシャワ、クラクフに次ぐ科学と文化の中心地でもあり、ブロツワフ大学、工業、医学、農業、経済など八つの大学、科学アカデミーの支部、各種研究所、出版社があり、劇場(パントマイム劇場、実験劇場、俳優学院など)も多く、現代音楽祭、オルガン音楽祭などの音楽活動でも知られている。13世紀、ゴシック様式の市庁舎、大聖堂(1951再建)、17世紀の貴族の館などが残る。[山本 茂]

歴史

10世紀ごろに城塞(じょうさい)ができ、1000年に司教座が置かれ、12世紀からは学問・芸術活動が盛んになり、商業、織物業も発達した。1229年には都市法が制定された。990年からピアスト王朝の支配下に置かれていたが、1335年からはチェコ人の、1526年からはハプスブルク家の、1741年からはプロイセンの支配下に置かれた。1702年には大学が設立された。1848~49年シロンスク地方のポーランド人の革命運動の中心となり、最初の労働者の組織ができた。また19世紀中ごろから急速に産業化が進み、20世紀初頭には労働運動が活発になった。第二次世界大戦中は、ナチス・ドイツに対してポーランド人の地下活動が展開され、多くのポーランド人がゲシュタポによって弾圧された。1945年2月からソ連軍が市を包囲し、同年5月に解放された。戦争によって市の70%が破壊され、多数の市民が死傷した。戦後、ポーランドに復帰した(1945)。[安部一郎]

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世界大百科事典内のブロツワフの言及

【シロンスク】より

…モラビア門は古くからヨーロッパ南北を結ぶ通商路で交通上の要衝である。 シロンスクは古くからの大都市ブロツワフ(人口64万2900,1995)を中心とする下シロンスクとオポーレ(13万0600),カトビツェ(35万5100)を中心とする上シロンスクに分けられる。前者は肥沃なオーデル川中流域の平野とズデーテン山脈北斜面からなり,ジャガイモ,小麦,大麦,ビートなどを産する穀倉地帯で,畜産も盛んである。…

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