プレトリア(英語表記)Pretoria

翻訳|Pretoria

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

プレトリア
Pretoria

南アフリカ共和国首都行政府所在地。南アフリカ北東部,ハウテン州中北部,ヨハネスブルク北北東約 50kmに位置。1855年に建設され,ボーア人の指導者アンドリース・プレトリウスにちなんで命名。1860年トランスバール共和国の首都となったが,1900年南アフリカ戦争によってイギリス軍が占領,1910年南アフリカ連邦の成立とともに連邦の行政府が置かれ,首都になった。1928年,西郊にアフリカ最大の南アフリカ鉄鋼会社が設立されてからは,その関連工場や,化学,食品などの工業が立地し,工業都市として発展。イギリス国教会,ローマ・カトリック教会,ボーア人のための教会のほか,プレトリア大学,工科大学,教育系大学,博物館,国立歴史文化博物館など教育・文化施設も完備。並木が美しい街路で知られる。都市圏人口 142万9000(2010)。

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デジタル大辞泉の解説

プレトリア(Pretoria)

南アフリカ共和国の行政上の首都。同国北東部、ハウテン州の標高約1400メートルの高地に位置する。1855年にグレートトレックとよばれるボーア人大移動によって建設。名はその指導者プレトリウスにちなむ。現在は鉄鋼業が盛んな重工業都市に発展。人口、行政区69万(1996)。

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百科事典マイペディアの解説

プレトリア

南アフリカ共和国の行政上の首都。ヨハネスバーグの北方約50km,標高約1500mの高地にある商工業都市。鉄鋼業が盛んで,化学,繊維などの工業も行われ,大統領官邸,共和国政府合同庁舎,大学(1908年創立)などがある。1855年に創設され,ボーア人大移動(グレート・トレック)の指導者M.W.プレトリウスを記念して命名されたが,それまではヌデベレ人,ソト人の居住地だった。1900年英国に占領され,1910年南アフリカ連邦成立後,行政上の首都となった。2005年ツワネと改称することが決議された。146万8000人(2010)。
→関連項目トランスバール南アフリカ

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世界大百科事典 第2版の解説

プレトリア【Pretoria】

南アフリカ共和国の行政上の首都(立法上の首都はケープ・タウン,司法上の首都はブルームフォンテイン)。人口52万6000(1991),大都市域人口108万(1991)。政治・行政の中心として1855年に建設された標高約1500mの高原都市であるが,現在は鉄鋼を生産し,鉄道関係や機械,自動車などの工場をもつ重工業都市でもある。プレトリア大学をはじめ,調査研究機関,学術・文化施設も多い。ボーア人によって建設された都市で,ボーア人の政治指導者W.プレトリウスの父A.プレトリウスの名にちなんでプレトリアと命名された。

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大辞林 第三版の解説

プレトリア【Pretoria】

南アフリカ共和国の首都。同国北東部の海抜1400メートルの高原に位置する。製鉄・機械工業が発達。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

プレトリア
ぷれとりあ
Pretoria

南アフリカ共和国の行政上の首都。ハウテン州(旧トランスバール州)中央部の標高1400メートルの高地に位置する。人口110万4479(1996)。同国最大の都市ヨハネスバーグの北東約60キロメートルにあり、立法上の首都ケープ・タウンとは約1600キロメートルの鉄道で結ばれる。1835年に、ブーア人(オランダ系)の内陸大移動(グレート・トレック)によって建設され、その指導者プレトリウスAndries Wilhelmus Jacobus Pretorius(1799―1853)にちなんで命名された。1860年トランスバール共和国の首都となったが、第二次ブーア戦争(1899~1902)の際にはイギリス軍に占領された。1910年の南アフリカ連邦発足(1961年共和国となる)とともに連邦の行政府が置かれた。28年南アフリカ鉄鋼公社(ISCOR)が設立されてからは、鉄鋼およびその関連工場が増加し、ヨハネスバーグを中心とする工業地帯の北端となっている。
 市街は周囲を山に囲まれた盆地にあり、市の南東部をアビース川が流れる。市の中心はチャーチ・スクエア(広場)で、トランスバール共和国元大統領クリューガーの立像があり、広場の周囲にはフォルクスラート・ビル、南アフリカ準備銀行、中央郵便局などの歴史的建物が並んでいる。また行政の中心地であるため官庁が多く、とくにメインキスコップ(丘)にそびえるユニオン・ビルは、1910~13年にH・ベイヤー卿(きょう)が設計したギリシア風大建築で、現在は大蔵省と外務省になっている。ほかにプレトリア大学、南アフリカ大学、トランスバール博物館、バーガーズ公園などがある。また市の南方6キロメートルの丘の上には、グレート・トレックの記念碑である大石造建築のフォール・トレッカーズ・モニュメントがある。南方54キロメートルにヨハネスバーグと共同のヤン・スマッツ国際空港がある。[林 晃史]

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