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ベズレー Vézelay

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ベズレー
Vézelay

フランス中部,ヨンヌ県,オーセールの南南西約 40km,ヨンヌ川の支流キュール川左岸にある小村。9世紀に建立されたロマネスク様式のサント・マリー・マドレーヌ聖堂があり,中世には巡礼でにぎわい,一時は人口1万を擁した。現在も中世の城壁で囲まれる。聖堂と聖堂が建つ丘は 1979年世界遺産の文化遺産に登録。人口 575 (1990) 。

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百科事典マイペディアの解説

ベズレー

フランス中部,ヨンヌ県の町。聖マドレーヌの聖遺物を奉納する聖マドレーヌ修道院教会があり,重要な巡礼地として栄えた。教会堂は,9世紀に創設された修道院の付属礼拝堂で,11―12世紀のロマネスク建築として知られ,タンパンの浮彫《最後の審判》や身廊の柱頭彫刻も有名。
→関連項目ロマネスク美術

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世界大百科事典 第2版の解説

ベズレー【Vézelay】

フランス中部,ヨンヌ県の村。人口約500。9世紀に創設された修道院は,11世紀にはマグダラのマリアの聖遺物を慕って巡礼が蝟集し,サンチアゴ・デ・コンポステラへの巡礼路の欠かせぬ宿駅として繁栄した。13世紀末に聖遺物の信憑性が疑われて以来衰微。サント・マドレーヌ修道院教会は,2色づかいの横断アーチをもつ特異なロマネスクの身廊(1150ころ)とロマノ・ゴシックの内陣(1215完成)が調和し,ナルテックスのタンパンと身廊の柱頭にロマネスク彫刻の不朽の傑作を見る。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ベズレー
べずれー
Vzelay

フランス中部、ヨンヌ県の小村で、巡礼地。ヨンヌ川南の丘の上にある。人口492(1999)。修道院の付属教会としてはフランス有数のロマネスク様式のラ・マドレーヌ教会(11~13世紀)があることで有名。聖女マドレーヌの遺骨を納めた860年創設のベネディクト派修道院が町の起源で、11世紀以来、巡礼地となっている。修道院は百年戦争で廃墟(はいきょ)となった。[大嶽幸彦]

世界遺産の登録

ラ・マドレーヌ教会が建つ丘が1979年および2007年、ユネスコ(国連教育科学文化機関)により「ベズレ-の教会と丘」として世界遺産の文化遺産に登録された(世界文化遺産)。[編集部]

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