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ベトナム史 ベトナムし

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ベトナム史
ベトナムし

中国南東部に居住していた越族は早くから南下して紅河デルタにも相当数が定着し,この地の先住民と混血,ベトナム民族の祖先を形成したと考えられる。秦の滅亡後嶺南に興起した趙佗南越国は,このデルタをもその領域としていた。やがてこの王国は前 111年中国の漢王朝に征服され,以後ベトナムは 1000年にわたり中国の直接的政治支配を受け,これに対する抵抗の歴史が続いたが,938年ついに呉権がベトナム独立の悲願を達成した。以後,李朝陳朝黎朝などの独立王朝が興亡をとげたが,その間,次第に勢力を南進させて領土を広げ,15世紀後半には現在の中部ベトナムの地にオーストロネシア系種族のチャム族が築いていたチャンパ王国を征服し,さらに 18世紀末にはメコン・デルタに居住していたクメール (カンボジア) 民族を追い,ここに勢力を扶植した。しかし,19世紀後半にフランスの侵略を受け,1862年 (東部コーチシナ) から 84年 (トンキンとアンナン) までにその植民地支配下に編入されて再び独立を失った。そして長年の独立闘争ののち,第2次世界大戦終了直後の 1945年9月にいたってベトナム民主共和国の成立という形で独立を回復した。その後ベトナムは本来暫定的に決められた北緯 17度線を境に,南ベトナム (ベトナム共和国) と北ベトナム (ベトナム民主共和国) に分立し相対立する状態となり,ベトナム戦争に発展したが,ベトナム和平会談の結果,73年に和平協定が結ばれた。 75年4月 30日に南ベトナムのグエン・バン・チュー政権は倒れ,翌年南北ベトナムの統一政府が実現した。しかし,インドシナ連邦構想を提案したこともあってカンボジアとの紛争が激化し,ベトナムは 78年 12月にカンボジアに進攻し,ヘン・サムリン政権の成立を助けた。中国との間も華僑の帰国などをめぐって緊張し,79年2月中越戦争が起ったが,89年9月ベトナムが撤退,中国との関係は改善された。また 86年に決定されたドイモイ政策により,市場経済の発展も期待されている。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

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