日本大百科全書(ニッポニカ) の解説
ベーユ(Simone Weil)
べーゆ
Simone Weil
(1909―1943)
フランスの思想家。パリのユダヤ人医師の娘として生まれる。才媛(さいえん)の誉れ高く、エコール・ノルマル・シュペリュール(高等師範学校)卒業。学生時代から左傾、「赤い処女」とよばれた。卒業後、リセ(高等中学)の哲学教師となるが、つねに抑圧された者の側にたち続けた彼女は、自ら被抑圧者となるために、1934年ほぼ1年間教職を離れ、女工となって働き、さらに1936年スペイン内戦が勃発(ぼっぱつ)するや、ファシストと戦うためスペイン共和政府軍に志願して従軍するなど、己の思想を実践を通じて精査し続けた。しかしそうした実践からもたらされた幻滅から、しだいに神秘的傾向が生じてくる。1942年ニューヨークに逃れたが、祖国の危機を傍観することができず、単身ロンドンに渡って「自由フランス政府」に参加、そこで解放される祖国のありうべき姿を『根をもつこと』(1949)のうちに描き出した。しかし祖国の抑圧された同胞の苦悩を分けもつため、進んで食を断ち、餓死に近い形で、祖国解放の1年前イギリスで客死した。彼女の作品のほとんどは死後編纂(へんさん)されたもので、初期のコミュニズム批判を展開した『抑圧と自由』(1955)、宗教的瞑想(めいそう)集『重力と恩寵(おんちょう)』(1948)などがある。数学者アンドレ・ベーユは兄。
[渡辺一民 2015年6月17日]
『橋本一明・渡辺一民編『シモーヌ・ヴェーユ著作集』全5巻(1967~1968/新装版・1998・春秋社)』▽『石田久仁子訳『シモーヌ・ヴェーユ回想録――20世紀フランス、欧州と運命をともにした女性政治家の半生』(2011・パド・ウィメンズ・オフィス)』▽『冨原眞弓訳『根をもつこと』上下(岩波文庫)』