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ペロピダス ペロピダス Pelopidas

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ペロピダス
ペロピダス
Pelopidas

[生]前410頃
[没]前364. キュノスケファラエ
古代ギリシアテーベの政治家,将軍。前 379/8年親スパルタ派の独裁体制を倒し,スパルタ人を駆逐してテーベに再び民主政を確立した。その後前 371年レウクトラの戦いスパルタの覇権を破り,テッサリアマケドニアなどギリシア北方にテーベの勢力を伸長させ,同僚エパメイノンダスとともにテーベを全盛期に導き,一時期ギリシアの覇者たらしめた。

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デジタル大辞泉の解説

ペロピダス(Pelopidās)

[前410ころ~前364]古代ギリシャテーベの将軍。エパミノンダスとともに、テーベの富国強兵に努め、スパルタを破って覇権を樹立した。

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百科事典マイペディアの解説

ペロピダス

古代ギリシア,テーバイテーベ)の軍人。エパメイノンダスとともに寡頭派を倒し,民主政を確立,テーバイの発展に尽力した。前371年レウクトラの戦でスパルタ軍を撃破。

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世界大百科事典 第2版の解説

ペロピダス【Pelopidas】

前410ころ‐前364
テーバイの政治家,将軍。民主派に属し,前382年,スパルタ軍がカドメイアを占領したときアテナイに亡命したが,前379年,帰国してスパルタ軍を駆逐した。前371年のレウクトラの戦,続くペロポネソス半島への侵入でエパメイノンダスとともに活躍し,前369年以後はテッサリアのフェライの僭主アレクサンドロスと戦い,キュノスケファライで勝利したが,自身は戦死した。【清永 昭次】

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ペロピダス
ぺろぴだす
Pelopidas
(前410ころ―前364)

古代ギリシア、テーベの将軍、政治家。テギラ(前375)、レウクトラ(前371)の戦いで「神聖隊」を率いてスパルタ軍を破り、紀元前370~369年エパミノンダスとともにペロポネソスへ侵攻、前367年にはペルシアにスパルタ援助中止を申し入れた。前368年以降フェライPheraiの僭主(せんしゅ)アレクサンドロスAlexandrosと戦い、前364年キノスケパライで勝利を収めたが、その際戦死した。[中村 純]

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