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ホメイニー

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百科事典マイペディアの解説

ホメイニー

イランの最高指導者。シーア派十二イマーム派神学・法学の権威として知られる。モハンマド・レザー・パフラビー国王の政策を批判し,1963年国外追放となったが,イラン革命の進展にともなって1979年に帰国。
→関連項目《悪魔の詩》事件イランコム

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世界大百科事典 第2版の解説

ホメイニー【Khomeynī】

1900‐89
イラン革命の指導者。イラン中部のホメイン村に生まれ,アラーク,コムで修学,有力アーヤトッラーの一人となった。モハンマド・レザー・パフラビー国王の白色革命と弾圧政治とに反対して追放され,1964‐78年イラクナジャフにあって持続的に王制批判運動を展開した。79年イラン革命の象徴的存在としてフランスより帰国。イマームマフディーの〈隠れ〉の期間は,最も優れた宗教法学者に国の指導権がゆだねられるべきであるとする十二イマーム派のベラーヤテ・ファキーの理念に基づき,イラン・イスラム共和国の最高指導者となった。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ホメイニー
ほめいにー

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世界大百科事典内のホメイニーの言及

【イラン革命】より

…1979年2月,パフラビー朝の国王独裁を打倒し,ホメイニーの指導のもとにイスラム政体を樹立した革命。その課題と目標はイスラム革命enqelāb‐e Islāmīとして表明された。…

【十二イマーム派】より

…このようにイマームが隠れている間は,法学者(ファキーフ)だけがイマームの意図を知って信徒に指示を与える役割を行使する。イラン革命指導者ホメイニーが提起した〈法学者の統治(ベラーヤテ・ファキー)〉とはこのことを指している。スンナ派と同様に聖典コーランに次ぐ第2の典拠としてハディースを認めるが,さらに各イマームの言行をまとめた聖言行録(アフバールakhbār)をも重視する。…

※「ホメイニー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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