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ホンジュラス ホンジュラスHonduras

翻訳|Honduras

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ホンジュラス
Honduras

正式名称 ホンジュラス共和国 República de Honduras。
面積 11万2492km2
人口 775万5000(2011推計)。
首都 テグシガルパ

中央アメリカ中部にある国。北西はグアテマラ,南西はエルサルバドル,南東はニカラグアと国境を接し,北はカリブ海,南は太平洋のフォンセカ湾に面する。国土の4分の3以上は山地で,低地は沿岸部といくつかの河谷に見られるにすぎない。海岸沿いにはカラタスカ湖をはじめとする潟湖や湿地帯が多い。主要河川はウルア川,アグアン川,パトゥカ川ココ川など。概して高温多雨の熱帯気候に属するが,内陸部の山地は温帯夏雨型の気候を示す。紀元前より人が住み,西部には古代のマヤ文明に属するコパン遺跡も残っているが,現在マヤ族の血を引く純粋なインディオ (→ラテンアメリカインディアン ) はごく少数で,住民の大半はメスティーソと呼ばれるスペイン人とインディオの混血である。公用語はスペイン語。 1502年コロンブスがこの地に到達したときはすでにマヤ族はユカタン半島に去っていたという。 1539年スペイン植民地グアテマラ総督領に編入され,1570年代に内陸部で銀が発見されると,その採掘中心地となったテグシガルパが発展。 1821年メキシコ独立に伴って,グアテマラ総督領の各地も独立,翌年メキシコ帝国に併合されたが 1823年その支配を脱し,中央アメリカ連邦を結成。 1830年代内部抗争により同連邦が崩壊したのち,1838年ホンジュラス共和国として独立を宣言。その後グアテマラやニカラグアとの紛争や,たび重なる政変で不安定な政情が続いた。 20世紀に入っても 1932~49年のカリアス・アンディノ大統領による独裁政治ののち,クーデターが相次ぐなど再び政情不安に陥ったが,1980年4月民政移管のための制憲議会選挙が行なわれ,1981年に民政に復帰,1982年に改正憲法が公布された。基本的に農業国で,バナナ,コーヒー,砂糖,木材,食肉,タバコ,綿花などの農林産物が輸出総額の約 70%を占める。ほかにおもに国内消費用としてトウモロコシ,豆類,イネなどが栽培される。エビなどの漁業も盛ん。鉱物資源は豊富で,銀,鉛,亜鉛は重要な輸出品となっているが,その他は大部分が未開発。工業は北西部のサンペドロスラを中心に発展しつつあるが,小規模な食品加工,家具,織物,セメント,化学,ゴムなどの工業にとどまる。鉄道は北部沿岸にあるだけで,首都のある内陸部や南部には通じていない。国内交通は南部を横断するパンアメリカン・ハイウェー,太平洋側とカリブ海側を結ぶ大洋間ハイウェーを中心とした道路によるほか,航空路も発達している。

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デジタル大辞泉の解説

ホンジュラス(Honduras)

中央アメリカにある共和国。首都テグシガルパ。北部はカリブ海に面し、国土の大部分が高原。バナナ・コーヒーを産する。もとスペイン領から1821年に独立、1823年中央アメリカ連邦に加わるが、1838年分離独立。人口799万(2010)。オンドゥラス。

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百科事典マイペディアの解説

ホンジュラス

◎正式名称−ホンジュラス共和国Republic of Hoduras。◎面積−11万2492km2。◎人口−762万人(2010)。◎首都−テグシガルパTegucigalpa(99万人,2009)。

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世界大百科事典 第2版の解説

ホンジュラス【Honduras】

正式名称=ホンジュラス共和国República de Honduras∥Republic of Honduras面積=11万2088km2人口(1996)=561万人首都=テグシガルパTegucigalpa(日本との時差=-15時間)主要言語=スペイン語(公用語)通貨=レンピラLempira中央アメリカ中部にある共和国で,北部はカリブ海に,南部ではフォンセカ湾で太平洋に面しており,西でグアテマラ,南西でエルサルバドル,南東でニカラグアと国境を接している。

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大辞林 第三版の解説

ホンジュラス【Honduras】

中央アメリカの北部にある共和国。北部はカリブ海に面するが、大部分は山地。バナナ・コーヒーなどを産出。1821年スペインから独立。住民はメスティソ。主要言語はスペイン語。首都テグシガルパ。面積11万2千平方キロメートル。人口720万( 2005)。正称、ホンジュラス共和国。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ホンジュラス
ほんじゅらす
Republic of Honduras英語
Repblica de Hondurasスペイン語

中米地峡(南北アメリカ大陸をつなぐ紐(ひも)状の細長い地域)の中央に位置する共和国。正式名称はホンジュラス共和国Repblica de Honduras。北部はカリブ海に面し、北西部はグアテマラ、南西部はエルサルバドル、南東部はココ川を境にニカラグアと国境を接し、南端のフォンセカ湾で太平洋に臨む。面積11万2492平方キロメートルの国土に、人口736万7000(2006年推計)、790万(2012年推計)が住む。首都テグシガルパの人口は100万(2010年推計)。そのほか出稼ぎ労働者として約100万人がアメリカに在住している。[国本伊代]

自然

中央山脈が北西から南西方向に貫いているほか、北部にエスペランサ山脈が内陸部からカリブ海に向けて走っているため、国土の約80%が山岳・高原地帯で、標高600~1500メートルの高原盆地が点在する。しかし中米地峡の太平洋岸に沿って縦断する環太平洋火山帯に属していないため、中米地峡では地震の少ない国である。首都テグシガルパが位置する中央部から南部にかけて広がる標高800~900メートルの高原地帯は、狭隘(きょうあい)な渓谷で寸断されているため、点在する盆地で小規模な農牧畜業が営まれている。経済活動の中心である北部平野に位置するサン・ペドロ・スーラは、「バナナ帝国」とよばれる世界的なバナナ生産地帯の中心であると同時にこの国最大の商工業都市である。そのほかのおもな低地に、太平洋側のフォンセカ湾岸低地、カリブ海沿岸のスーラ平野とモスキトス平野がある。気候は乾季(12~4月)と雨季(5~11月)に分かれ、気温は乾季に上昇する。海岸低地は高温多湿の熱帯性気候のため最高気温が40℃に達するが、高原地帯は比較的過ごしやすい。年間降水量はカリブ海沿岸低地で2400~3000ミリメートル、その他の地域では1000~2000ミリメートルである。カリブ海沿岸は8~10月のハリケーン・シーズンに熱帯低気圧や大型ハリケーンにしばしば襲われ、大きな被害を受ける。1974年のハリケーン・フィフィと1998年の大型ハリケーン・ミッチの上陸では、数千人の死者を出し、甚大な被害を受けた。[国本伊代]

歴史

スペイン人による植民が始まる以前の紀元後300~900年にかけて、北西部コマヤグア高原地方にマヤ帝国の古典期文明が開花し、コパン遺跡はその中心であった。1502年、コロンブスが第4回航海でコロン地方(モスキトス海岸)に上陸し、近海が深いことからこの地を「深み」を意味するホンジュラスと名づけたのが国名の由来とされている。スペインの征服に対して各地で先住民の反乱が続き、とくに先住民族レンカのカシケ(首長)のレンピーラLempiraが主導した大反乱が起こったが、鎮圧された(1536)。レンピーラは現在でも国民的英雄としてホンジュラスの通貨単位にその名を残している。1539年にグアテマラ総督領に編入され、1589年にテグシガルパ付近で金銀鉱山が発見されてから、スペインの植民地としての開発が本格化した。
 1821年のグアテマラ総督領の独立に際し、その一部としてスペインから独立したが、1822年イツルビデのメキシコ帝国に他の中央アメリカ諸国とともに併合された。1824年に同帝国が崩壊したのち、それらの諸国とともに中米連邦共和国を結成したが、これも内部紛争で解体した。1838年に完全分離独立を達成した。
 独立後は内政不安と周辺諸国との国境紛争で不安定な時期が続き政権交代を繰り返したが、1933年に将軍カリアスTiburcio Caras Andino(1876―1969)がクーデターで実権を掌握してから17年間にわたる独裁政権下で政局は安定した。この間の1930年代にアメリカのユナイテッド・フルーツ社(1990年に社名をチキータ・ブランズ・インターナショナルに変更)の進出により、カリブ海沿岸低地は一大バナナ栽培地帯に変容した。しかし、バナナ輸出のための鉄道や港湾の整備など経済開発は促進されたものの、経済的にも政治的にもアメリカへの従属性を増大させる結果となった。
 1949年にカリアスが政権の座を退いてからは政局が安定せず、1956年、1963年、1972年と、軍部によるクーデターが発生した。制度的には民主代議制をとっているにもかかわらず、その基盤が脆弱(ぜいじゃく)で、政治的・社会的不安の増大のたびに軍部の干渉を招いた。しかし、1972年以降の軍事政権下では、農地改革、バナナ輸出税の導入、アメリカ系バナナ会社に与えられていた特権の廃止などが実施され、社会・経済開発が取り組まれた。1980年に制憲議会議員選挙が実施され、その結果に基づき1982年1月に新憲法が公布され、民政移管が実現した。
 民政移管後は自由党(PL:Partido Liberal)と国民党(PN:Partido Nacional)が交代で政権を担うという親米二大政党政治が定着していたが、2005年の選挙で大統領に選出された自由党のセラヤJos Manuel Zelaya Rosales(1952― )は、対米重視路線を踏襲しながらも、ラテンアメリカ諸国に台頭してきた左派政権との関係を強め、キューバ問題、移民問題、麻薬問題などで反米的姿勢を強め、国内政治では労働者や貧困層への支援政策を打ち出し、終身大統領への道を開くための憲法改正を目ざした国民投票を計画した。しかし、2009年6月、予定された国民投票日に「国民投票は違憲である」と主張する最高裁判所の大統領逮捕令に基づき軍部がクーデターを起こし、大統領のセラヤは官邸で拘束され、国外へ追放された。暫定大統領となった国会議長のミチェレッティRoberto Micheletti(1943― )が2010年1月まで政権を担当した。この間、前大統領セラヤは帰国を強行してテグシガルパのブラジル大使館内に保護されるという状況が続いた。また2009年11月に実施された大統領選挙ではセラヤ政権の左傾化に反対してきた議会および富裕層が支持する国民党のロボ・ソーサPorfirio Lobo Sosa(1947― )が選出されたが、アメリカとラテンアメリカ諸国はこの選挙結果をめぐって二分し、セラヤの大統領復帰を要求する国内外の世論のなかで、2010年1月ロボ・ソーサの大統領就任式が行われるなど、困難な新政権の出発となった。[国本伊代]

政治・外交

三権分立による立憲共和制をとり、現行の憲法は1982年に制定されたものである。国家元首である大統領は18歳以上の国民の直接投票によって選出され、任期は4年で、再選は絶対禁止となっている。一院制の議会は、18の県から選出される128名の議員で構成されている。任期は4年。1982年の民政移管後の政治は、いずれも中道の自由党と国民党が政権を担当して二大政党制が定着しているが、そのほかにキリスト教民主党(PDC:Partido Demcrata Cristiano)などの小党が存在する。
 外交面では、中米諸国のなかで長期にわたってもっとも親米的路線を継続し、また中米統合機構(SICA)、米州機構(OAS)を通じた中南米諸国との関係を重視している。1969年エルサルバドルとの間に勃発(ぼっぱつ)した五日戦争(サッカー戦争)後、同国と国交を断絶して1970年末に中米共同市場(CACM)から脱退したが、ペルーの仲介により国境問題を除いた平和協定を1980年にエルサルバドルと結んだ。また、1992年には国際司法裁判所が示した国境線の画定案にエルサルバドルとともに同意した。ニカラグアとの関係では、ニカラグアの内戦時代にココ川国境付近がニカラグアの反政府右派ゲリラの活動の基地となったことから、ニカラグア政府軍の掃討作戦に巻き込まれた。アメリカとの間に軍事援助条約があるほか、2006年に発効した中米・カリブ諸国とアメリカとの間の自由貿易協定(FTA)に参加している。[国本伊代]

経済・産業

1960年代と1970年代に輸入代替工業化(製品輸入から国内製品への代替化)政策と伝統産品の輸出の伸びによって順調な成長を続けた経済は、1980年代の近隣諸国の内戦の影響を受けて深刻な不況に陥った。その後、内戦終結後の1990年代なかばからは1976年に設置されたカリブ海沿岸のプエルト・コルテス保税加工地区への外国資本の進出が戻り、コーヒー、バナナ、砂糖、エビに代表される伝統的輸出産品に加えて新たな産業部門が経済構造を変えつつある。しかし、伝統的輸出産品を中心とする農業が依然として労働人口の約半分を吸収している一方で、その国内総生産額に占める割合は12.5%(2009)である。バナナの主要生産地帯は北部海岸地方で、1930年代にアメリカ系企業によって輸出産業として開発され、アメリカ系企業(チキータ社とスタンダード社)が現在でも二大生産者となっている。このバナナ産業に対してコーヒー産業は1970年代から成長し、中央部の高原地帯で生産されている。
 高原地帯、とくにコマヤグア高原南部では牧畜が盛んで、国内需要を満たすだけではなく、牛肉がアメリカやメキシコに輸出されている。また、山岳・高原盆地が国土の約80%を占めるこの国は銅、亜鉛、アンチモニー、金、銀、鉛などの鉱物資源にも恵まれているが、採算が取りにくく、主要な経済活動とはならなかった。しかし亜鉛は2012年時点ではエビに次ぐ第4位の輸出産品となっている。林業は従来ほど重要ではないが、国土の4分の3を占める森林地帯をもつこの国の伝統的な輸出産業でもある。高級木材のマホガニーはすでに枯渇しているが、マツ類が輸出されている。工業は食品、飲料品、繊維を中心とする消費材製造業が発達し、北部カリブ海地方のサン・ペドロ・スーラ周辺の保税加工地区に韓国や台湾を含めたアジア諸国からの進出もあり、近代的な工業部門が発達しつつある。通貨はレンピーラ(HNL)。[国本伊代]

社会・文化

国民の約90%は先住民とヨーロッパ系白人の混血であるメスティソからなり、先住民人口は総人口の4%前後(約30万)で、七つの公認された民族集団が存在する。残りはアフリカ系住民とヨーロッパ系住民が占める。総人口に占める割合が4%ほどの先住民集団であるが、その存在感は大きい。最大の人口規模を有するのはスペイン人征服者と勇敢に戦った伝説の国民的英雄レンピーラを生んだ民族レンカで、約10万の人口を有する。二番目に大きい人口規模をもつガリフナと三番目に大きいミスキトは他の四つのマヤ系先住民とは異なり、アフリカ系黒人と先住民の混血人種である。アフリカ系ホンジュラス人の多くは西インド諸島から移住した人々の子孫で、彼らの間では公用語のスペイン語のほかに、英語、ミスキト語、ガリフナ語なども話されている。国民の大部分はカトリック信者であるが、近年プロテスタントの進出が著しい。
 義務教育は小学校6年間のみで、15歳以上の人口の識字率は81.5%(2010)、教育水準の向上が重要な課題となっている。1人当り国民総所得(GNI)は3443ドル(2010)で、経済・社会指標では中南米諸国のなかでもっとも貧しい国の一つである。ユネスコの世界遺産に、「コパンのマヤ遺跡」(文化遺産、1980年)、「リオ・プラタノ生物圏保存地域」(自然遺産、1982年)が登録されている。[国本伊代]

日本との関係

1935年(昭和10)に外交関係を樹立し、第二次世界大戦で中断したが、1953年(昭和28)の平和条約の批准をもって再開した。その後、相互に大使館を置いている。ホンジュラスは、多くの問題を抱える開発途上国として先進諸国からさまざまな分野で援助を受けているが、そのなかで日本は主要な援助国の一つである。しかし、日本との貿易は輸出入とも重要度の高いアメリカに比べると、その10分の1ほどの規模でしかない。[国本伊代]
『細野昭雄・遅野井茂雄・田中高著『中米・カリブ危機の構図』(1987・有斐閣) ▽加茂雄三・細野昭雄・原田金一郎著『転換期の中米地域』(1990・大村書店) ▽石井章編『冷戦後の中米――紛争から平和へ』(1996・アジア経済研究所) ▽増田義郎・山田睦男編『ラテン・アメリカ史――メキシコ・中央アメリカ・カリブ海』(1999・山川出版社) ▽田中高編著『エルサルバドル、ホンジュラス、ニカラグアを知るための45章』(2004・明石書店)』

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世界大百科事典内のホンジュラスの言及

【サッカー戦争】より

…中央アメリカのエルサルバドルとホンジュラスの間で,1969年7月に戦われた戦争を指す。サッカー試合がきっかけになったとされるのでこの名があるが,〈100時間戦争〉という呼名もある。…

【便宜置籍船】より

…したがって,多くの船主は比較的自由に登録国を選択できる立場にある。こうした一般的船舶登録環境のなかにあって,例外的事例として,外国の船主による登録を受け入れるばかりでなく,登録手続がきわめて簡単で,しかも所得税や法人税をほとんど課さず,さらに乗組員の配乗に制限を加えないで船主の自由にまかせる,リベリア,パナマ,ホンジュラスなどの国があり,ギリシア船主,アメリカ船主をはじめとする多くの先進海運国船主がこれらの国を便宜的に置籍国として利用している。このような便宜置籍船はすでに世界商船隊のなかで大きな比重を占めているが,高い海難事故率,劣悪な海上労働条件,発展途上国海運の発達に及ぼす影響等の弊害をもたらす要因になっているとして,国際的な場で問題視されている。…

※「ホンジュラス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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