日本大百科全書(ニッポニカ) 「ホートン」の意味・わかりやすい解説
ホートン
ほーとん
Michael Houghton
(1949― )
イギリスのウイルス学者。イギリス生まれ。1972年、生命科学を学んだイギリス国立イースト・アングリア大学を卒業、1977年にロンドン大学キングス・カレッジで生化学の博士号を取得した。アメリカに渡り、のちに大手製薬会社ファイザーの傘下のG.D.サール&カンパニーで働き、1982年にカリフォルニアを拠点とする製薬会社カイロンChiron(現、ノバルティス)に移籍した。2007年にサンフランシスコにあるエピファニー・バイオサイエンシーズEpiphany Biosciences Inc.の最高科学責任者に就任。2010年からカナダのアルバータ大学教授、香港の実業家、李嘉誠(りかせい)Li Ka Shing(1928― )が拠出した基金により同大学に設立された李嘉誠応用ウイルス学研究所所長を兼任する。
ホートンは1980年代前半から、カイロン社の同僚のジョージ・クオGeorge Ching-Hung Kuoらと遺伝子工学を駆使し、非A非B型肝炎の原因ウイルスの探索に取り組んだ。1970年代に、アメリカ国立衛生研究所(NIH)にいたハーベイ・オルターによって、A型、B型の肝炎ウイルス以外に肝炎を引き起こす病原体が存在し、非A非B型肝炎患者の血液をチンパンジーに接種すると肝炎を発症することが確認されていた。
ホートンは、肝炎を発症したチンパンジーの血清から、ウイルスの断片となるRNA(リボ核酸)を抽出し、これに相補的なDNA断片を大量に集めた。大腸菌を使って、これらDNAのタンパク質を大量に増やしたうえで、患者から取り出した血清と培養皿で混ぜた。大半はチンパンジー由来だが、未知のウイルスの断片が患者に存在すれば、反応すると予測した。その中から、ホートンらは一つの断片を見つける。RNAウイルス由来のもので、これを契機にウイルスのゲノム(全遺伝情報)を同定し、1989年にC型肝炎ウイルス(HCV)と命名した。この成果をもとに1990年からC型肝炎ウイルスの抗体検査が始まり、輸血後肝炎の発症が1%以下に抑えられるようになった。後に、より感度の高い検査法も開発され、C型肝炎の輸血後感染はほぼ撲滅された。
C型肝炎ウイルスが肝炎の原因になるということは確認されたが、単独で肝炎を引き起こすことを示したのが、セントルイス・ワシントン大学教授のチャールズ・ライス(のち、ロックフェラー大学教授)である。ホートンらが同定したウイルスを、何度チンパンジーに注射しても肝炎が起こらなかったが、ライスはウイルスが増殖するのに必要な必須部分が変異しているためだと考えた。ウイルスが変異しやすい両端の変異部分を取り除き、必須部分を加えたウイルスをつくり、これをチンパンジーに接種すると、ウイルスは増殖し、肝炎の症状がみられたと1997年に発表した。こうしてC型肝炎ウイルスは、単独で肝炎を起こすことが証明された。
ホートンはのちにワクチン開発にも取り組み、現在臨床試験が実施されている。1993年ロベルト・コッホ賞、2000年にラスカー・ドゥベーキー臨床医学研究賞を受賞。2002年全米科学アカデミー会員、全米医学アカデミー会員。2020年「C型肝炎ウイルス発見」の功績で、オルター、ライスとともにノーベル医学生理学賞を受賞した。
[玉村 治 2021年2月17日]