両手にグラブをはめた対戦者が,ロープを張ったリング上で打ち合って勝敗を決めるスポーツ。拳闘ともいう。
歴史
起源
こぶしを固めてなぐり合うというボクシングの原型は,おそらく人類創生とともに存在していたであろう。アメリカのボクシング研究家のメンケFrannk G.Menkeはアダムとイブの子どもたちの兄弟げんかに始まるとしている。同じくグロンバックJohn G.Grombachは,現在のエチオピアにあたる地方で1万年以上前に行なわれた兵士の訓練としてのボクシングがエジプト,クレタ,ギリシアへ伝わって盛んになったのだという。古代オリンピックには前688年の第23回大会から登場している。しかし当時は現在のようなグラブもなく,こぶしの部分からひじにかけて革紐を巻き付けて防護し,打ち合いにはそのこぶしで行った。また,現在のボクシングのように多彩な動きとかスピードはなく,例えば左手は主として相手の攻撃を避けたり,相手の体勢を崩すために用いた。加撃は右手によるスイングとフックのようなものが多く,ストレートや胸や腹をねらうボディブローはなかった。ローマ時代になると見世物として職業化が進み,残虐を好んだ社会的風潮のもとで,金具やびょうを打ちつけたカエストゥスcaestusとよばれる革紐を前腕部に付けて戦うようになり,このため死を招くこともあった。しかし,この残虐な見世物も,ローマの衰退,キリスト教の普及とともに姿を消していった。ボクシングは古くはプジリズムpugilismとよばれているが,このプジリズムを初めてボクシングと称して普及に努めたのは13世紀イタリアの聖職者ベルナルディーネといわれる。しかし実際には17世紀後半にイギリスで復興するまでボクシングの空白期間がつづいた。
近代ボクシングの誕生
1681年に行われた肉切り職人(ブッチャー)と従僕(フットマン)のプジリズムが復興第1号の試合であるとイギリスのリスターDudley S.Listerは述べている。こうしてプジリズムはしだいに大衆の人気を集めたが,その普及に大きな役割を果たしたのはフィッグJames Figg(1695ころ-1734)である。彼は棍棒術,フェンシング,レスリングとプジリズムを総合した格闘技の大家として天下無敵の強敵ぶりを発揮したが,この格闘技を高尚な自己防衛術だとしてボクシングという名称を与え,ロンドンに教習所を創設して門弟を養成した。1719年,みずからイギリス初代のチャンピオンを名のり,アメリカやフランスの選手と懸賞試合を行ったりした。しかし当時はまだボクシングという呼称は確立せず,プジリズムとの併用が行われていたほか,ベアナックルファイトbare knuckle fightとかミルmillという呼称も行われていた。試合は屋外の芝土の上で行われたり,ファイブズコートとよばれる球技場で行われた。現在のラウンド制のようなものはなく,相手がダウンしたり,あるいは相手を投げ倒したりした場合に30秒の休みが与えられ,休み時間が終わると試合を再開する。起き上がれないときは敗北を宣告される。2人の審判が勝負の判定をし,2人の審判で判定できない場合は,試合役員の中からもうひとりを選んで判定した。試合の報酬も決められておりフィッグの高弟のひとりで第3代チャンピオンのブロートンJack Broughton(1704-89)は,初めてボクシングの競技規約をつくったことで知られるが,それによると勝者は賞金の3分の2を与えられた。ボクシング史上初めて成文化された〈ブロートン規約〉は7カ条からなり,1743年に発表された。ブロートンは競技規約をつくったばかりでなく,現在のグラブのもととなるマフラーという防具を創案するなどボクシングの近代化に貢献した。しかし,試合はあいかわらず素手で打ち合っていたため残酷な印象を与え,人身事故も多かったので,しばしば官憲による取締りを招き,イギリス国内での試合の開催ができないため,代わってベルギーとかフランスで行われた。正式の国際試合の第1号は,イギリスのT.セイヤーズとアメリカのJ.C.ヒーナンによるものだといわれる。なお現在の四角い競技台を〈リング〉とよぶのは,18世紀前半のジョージ1世の時代に,けんかの口論をリングと称する円形の場所で〈こぶし〉の勝負により解決させたことによるという。
1860年ころ,第8代クインズベリー侯ダグラスJohn Sholto Douglas, Marquis of Queensberry(1844-90)の後援のもとにチェンバーズJohn G.Chambers(1843-83)がボクシングの改革に乗り出し,67年に新しいルールを発表した。レスリングの禁止,3分間戦って1分休むというラウンド制の採用,グラブの着用,判定による勝敗の決定などを盛り込んだ画期的なルールで,クインズベリー侯にちなんで〈クインズベリー規約〉とよばれた。この規約の最大の趣旨は,勝敗は肉体的な強弱で決めるものではなく,ボクサーの技術の優劣を審判がポイントで示し,それを集計して判定で勝敗を決めることにあった。しかし,この趣旨はアマチュアの試合には徹底したが,プロの試合では観客の意向もあり,また興行者の妨害もあって全面的な実施は遅れ,一般に浸透してボクシングが近代スポーツとして確立したのは19世紀末になってからである。グラブを着用しての試合はアメリカに先鞭をつけられ,1891年サンフランシスコで黒人選手ジャクソンPeter Jackson対コーベットJames J.Corbett(1863-1933)との間で行われた。19世紀末には体重による選手の階級分けも行われるようになった。92年アメリカのニューオーリンズで行われたコーベット対J.L.サリバンの世界ヘビー級タイトルマッチは〈クインズベリー規約〉による最初の公式試合として行われ,コーベットが初代チャンピオンの座についた。20世紀に入ると,アラスカのゴールドラッシュで幸運をつかんだG.リカードが興行主となり,アメリカがボクシングの黄金時代の中心となった。1921年J.デンプシーと挑戦者G.カルパンティエの試合は初の〈百万ドル・ゲート(興行収入)〉となり,26,27年のデンプシー対タニーGene Tunney戦はそれぞれ10万人以上の入場者を集めたばかりか,その映画でも世界各地のファンを熱狂させた。リカードの助手だったM.ジェーコブズはJ.ルイスを立役者にしたてたプロモーターであった。
プロボクシングの世界統合機関としては,1921年にアメリカ,カナダを中心に全米ボクシング協会National Boxing Association(NBA)が創設され,62年に世界ボクシング協会World Boxing Association(WBA)となった。しかし63年にWBAの諮問機関として発足した世界ボクシング評議会World Boxing Council(WBC)は,WBAのアメリカ中心の傾向に反発し,独自のランキング,チャンピオンを公認するようになった。83年には国際ボクシング連盟Intemational Boxing Federation(IBF),88年には世界ボクシング機構World Boxing Organization(WBO)が生まれ,乱立状態となった。なお,近年は女子のボクシングも盛んとなり,WBA,WBCともに女子タイトルを設けている。一方,アマチュアは1904年のセント・ルイス・オリンピック大会から正式種目となり,国際アマチュア・ボクシング連盟Association Intenationale de Boxe Amateur(AIBA)も結成された。2007年現在,加盟国・地域数は195である。現在,ボクシングが直面している課題は,強打を受けて脳障害を起こす問題をいかに解決するかということだが,周到な医事管理と,危険だとみたら試合を中止させて防止する以外に,決め手はないようである。
日本のボクシング
日本では,1922年アメリカで技術を習得した渡辺勇次郎(1889-1956)が東京下目黒に日本拳闘倶楽部(クラブ)を開設したのが始まりで,しだいに系統的に発展した。26年には全日本アマチュア拳闘連盟(現,日本アマチュアボクシング連盟)が創設され,28年アムステルダムの第9回オリンピック大会に岡本不二,臼田金太郎の両選手が初参加,32年AIBAに加盟,64年第18回オリンピック東京大会ではバンタム級の桜井孝雄が初の金メダルを獲得した。プロは昭和初期から興行を始めたが,本格的には1952年に日本ボクシング・コミッションが創設されてからである。同年NBA(したがって現在はWBA)に加盟,また東洋ボクシング連盟に加盟することで間接的にWBCにも加盟している。日本は軽量級に強く,52年白井義男が初の世界フライ級チャンピオンになって以来,ファイティング原田,大場政夫,具志堅用高など軽量級を中心に多くの世界チャンピオンが輩出している。
競技
試合は4本(アマチュアは3本)のロープを張ったリングという競技台上で行われる。リング内には2人の選手とレフェリーの3人だけが入る。試合は時計係のゴングで始まり,3分間たつとまたゴングが鳴り,両選手は自分のコーナーに帰って1分休む。これが1回(1ラウンド)である。試合の回数は,プロでは4,5,6,8,10,12回戦,アマチュアでは3回戦(ジュニアは2分間3回戦)で,プロの日本選手権戦は10回戦,東洋太平洋選手権戦,世界選手権戦は12回戦で決定される。試合は,グラブをはめたこぶしで相手のあご,顔,体の腰部以上(顔と体は正面と側面)を打ち,あるいは相手のパンチを防御しながらポイントを競い合うことで行われる。しかし,規定の時間内に相手をパンチで倒し,相手が10秒間に起き上がれないときはノックアウト(KO)勝ち,実力が段違いだったり,一方の選手の負傷で試合が続行できず,レフェリーが試合中止を命じたとき,アマチュアはレフェリーストップコンテスト(RSC),プロはテクニカルノックアウト(TKO)勝ちという。反則はアマチュアのほうがプロよりきびしくとり,ポイントの減点あるいは失格となる。試合の審判は,プロはレフェリーと2人のジャッジが行うが,世界タイトルマッチなどではレフェリーは参加せず,3人のジャッジで行う場合が多い。アマチュアの場合はレフェリーは採点せず,5人または3人のジャッジが行う。採点法は,プロは10点減点法,5点減点法などが一般的であり,アマチュアは20点減点法によるが,国際大会ではジャッジが有効打と認めた数をコンピューターで集計し,ポイントの多い者を勝者とする方法が採られている。各回ごとに採点し,試合終了後の総得点の多い方を勝ちとし,採点者の多数決で勝敗を決める。そのほかプロには毎ラウンドどちらが勝ったかを決めるラウンド法もある。プロは引分けがあるが,アマチュアは同点でもどちらかを勝者とする。
試合は体重で区別した階級別に行う。プロでは試合開始8時間前に計量し,超過したものは2時間後に再計量が許され,アマチュアは試合当日の8~10時の指定時刻に1回だけの計量が行われる。グラブは,プロは8オンス(227g)または10オンス(283g),アマチュアは10オンス(ジュニアは階級により10か12オンス),バンデージ(手に巻く包帯のことで,立会いのもとに控室で巻く)にも規定がある。服装は,スパイクのない柔軟なシューズと靴下をはき,プロではトランクスのみ,アマチュアではランニングシャツとトランクス(上下が同色の場合はベルトラインの明瞭な色別が必要),ヘッドギアを着用する。
ボクシングのコラム・用語解説
【ボクシング用語】
- アウトボクシング
- 相手から適当な距離だけ離れ,フットワークを利して相手の攻撃を避けながら,すきをみてストレートなどを打つ攻撃法。テクニックを主体とするボクサータイプの選手に多い。
- アッパーカット
- 体を低く構え,ひざと腰のばねを使って上部に向かって突き上げる打撃法。
- アップライトスタイル
- 上半身をそらせ,あごを引き,両手を高く,両足はやや広く開いた構え方。
- インファイティング
- 両ボクサーが互いに接近して打ち合うこと。こういう戦い方を得意とするボクサーをインファイターといい,テクニックより強いパンチ力を武器とするパンチャータイプの選手に多い。
- ウィービング
- 上体を低くし,左右に動いて相手のパンチをかわす防御法。
- エルボーイング
- ひじを使って相手を打つことで,反則の一種。
- オープンブロー
- ヒーリングともいう。グラブを開いて内側の部分で打つこと。反則の一種。
- カウンターブロー
- 相手が打ってくるのを待ち,それより一瞬早く迎え打つ攻撃法。相手と自分の力がプラスされしばしばKOにつながる効果的な戦法。相手が左(右)ストレートを打ってきたとき,その腕越しに右(左)フックをあごに打ち込むカウンターブローをクロスカウンターという。
- ガード
- 両ひじを体に密着させてボディをカバーし,片手を前に出し,もう一方の手であごをカバーする防御の基本。
- カバーリングアップ
- 背を丸め,両手で頭を抱え込み,相手の攻撃を避ける防御法。長くこの姿勢を続けると注意され,反則にとられることがある。
- キドニーブロー
- 相手の腎臓部分を,故意に背面から打つことで,反則の一種。
- クラウチングスタイル
- 背を丸め,前かがみになった構え方。パンチャータイプの選手に多い。
- クリンチ
- 相手に抱きつく防御法。故意のクリンチは反則にとられる。クリンチしている選手を分けることをブレークという。
- サミング
- グラブの親指部分で相手の目を突くこと。反則の一種。
- ジャブ
- 前方に構えた手または腕を,こまかく連続的にまっすぐのばし,相手の顔面やあごを突く基本的な打撃法。
- スイング
- 腕を側面から半円を描くように横振りに大きく打つ打撃法。
- スウェーバック
- 相手のパンチを,足の位置は動かさずに上体をそらせて避ける防御法。
- ストレート
- 右でも左でも,グラブをまっすぐ前方に向かって突き出し,相手の急所を打つパンチ。
- スリッピング
- 相手のパンチを顔や体をわずかにすべらして避ける防御法。
- ダウン
- 足の裏以外の体のどの部分でもカンバスにふれている状態。相手のパンチで倒れたダウンをノックダウン,足をすべらせて倒れたダウンをスリップダウンという。また,倒れたり膝や手をカンバスに触れなくても,グロッキーになってリング内をふらついたり,ロープにもたれたり(ロープダウン)する場合もダウンとなる。
- ダッキング
- アヒルが水面から潜るように頭を下げ,相手のパンチを避ける防御法。
- ドクターストップ
- 試合に立ち会っている医師が選手を診察し,負傷その他の身体障害によって試合の続行は有害であると判断した場合,試合中止を命ずること。かつては医師に権限があったが,現在ではレフェリーに意見を申し述べるだけで,TKOにするかどうかはレフェリーの権限である。
- ナックルパート
- こぶしを握った正面の四角形の部分で,パンチを当てる場所。これ以外のどの部分を当てても反則になる。
- ノックアウト
- KO(ケーオー)ともいう。パンチが決まって選手がダウンし,レフェリーがカウント10(10秒間)しても起き上がれない状態のことで,ダウンさせた選手が勝者となる。試合中に一方の選手がひどい負傷をし,試合継続が不可能な場合,勝負が一方的になってレフェリーが劣勢の選手の敗戦を宣告した場合,敗者はアマチュアではRSC負けとなり,プロでは前者がTKO負け,後者がKO負けとなる。またプロでは,ラウンド開始のゴングが鳴って10秒以上コーナーから選手が立たなかった場合,1ラウンド中に3回の有効なダウンがあった場合,ラウンド中にチーフセコンドがタオルを投入したり休憩中にチーフセコンドから棄権の申入れがあった場合,すべてKO負けとなる。
- バックハンドブロー
- 手の甲の部分で打つパンチ。反則の一種。
- バッティング
- 頭,額,肩など体の部分を相手にぶつける行為で,反則の一種。
- パーリング
- 相手のパンチを腕とか手で払いのける防御法。
- フック
- 手,腕を釣針のように内側に曲げ,そのまま腰と肩を打つ方向に回転させて打つ効果の大きい打撃法。
- ブロッキング
- 相手のパンチを手,腕,肩などで受け止める防御法。
- ヘッディング
- 頭で突く行為で,反則の一種。
- ヘッドブラッシ
- クリンチなどの場合,頭を相手の顔面にブラシをかけるようにこすりつける行為。反則の一種。
- ホールディング
- 相手の腕とか体を,自分の腕で抱える行為で,反則の一種。
- ラビットパンチ
- 相手の耳の後部を故意に打つことで,反則の一種。ウサギを殺すのに,この部分を打つことが語源。
- リーチ
- こぶしの届く範囲,つまり手の長さに相当する。
- ローブロー
- ベルトライン以下を打つことで,反則の一種。
- ワンツーブロー
- 右,左と連続的に早く打つパンチで,基本的な攻撃法。
執筆者:
下田 辰雄執筆者:
下田 辰雄