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ボータ ボータBotha, Louis

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ボータ
ボータ
Botha, Louis

[生]1862.9.27. ナタール
[没]1919.8.27. プレトリア
南アフリカの軍人,政治家。南アフリカ戦争で活躍,1900年トランスバール軍総司令官。 02年講和会議の代表,05年 J.スマッツとともに人民党 Het Volkを結成,07年イギリス自治領となったトランスバール初代首相,10~19年南アフリカ連邦初代首相に就任。

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ボータ
ボータ
Botha, P.W.

[生]1916.1.12. ポールルー
[没]2006.10.31. ウィルダネス
南アフリカ共和国の政治家。首相(在任 1978~84),初代執行大統領(在任 1984~89)。フルネーム Pieter Willem Botha。オレンジ自由州(→自由州)に生まれ,オレンジ自由州大学で法律を学んだが中退。

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百科事典マイペディアの解説

ボータ

アフリカ共和国の政治家。オレンジ自由州生まれ。1934年国民党に入党,1948年下院議員に当選。1961年以降,閣僚を歴任,1966年―1980年は国防相。1978年首相に選ばれて国政の実権を握り,漸進的改革路線をとったが,改革に反対する白人右派層の反発を受けて政策はゆれ動いた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ボータ
ぼーた
Pieter Willem Botha
(1916―2006)

南アフリカ共和国の政治家。オレンジ自由国州(現・自由州)ポール・ルー地方に生まれる。オレンジ自由国州大学卒業。1948年下院議員となるとともに国民党(NP)ケープ支部書記長を務める(1948~1958)。社会開発カラード問題相(1961~1966)、公共相(1964~1966)、国防相(1966~1978)を歴任。その間1966年NP党首。1978年首相に就任。人種別三院制議会発足と同時に1984~1989年大統領。国防相期にはタカ派的行動をとったが、首相就任後はコンステレーション南部アフリカ国家連合)政策、人種別三院制議会導入などインド人、カラードとは融和を図った。しかし、アフリカ人に対する分離発展政策は継続した。三院制議会導入を契機に反アパルトヘイト運動は高揚し、ボータ非常事態宣言を敷いて弾圧したが、国際社会は非難し経済制裁を強化した。1989年脳卒中で倒れ、ユニスChris Heunis(1927―2006)が大統領代行、デクラークがNP党首となったが、ボータは回復後NPから見放された。[林 晃史]
『Eschel Mostert Rhoodie PW Botha ; the last betrayal(1989, S.A.Politics, Melville) ▽James Michael Roherty State security in South Africa ; civil-military relations under P.W.Botha(1992, M.E.Sharpe, New York)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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