有罪判決により刑の言渡しは行うが,一定の条件のもと,その刑の執行を一時猶予する制度(刑法25条以下)。現行法では,3年以下の懲役・禁錮,50万円以下の罰金を言い渡すとき,(1)前に禁錮以上の刑に処せられたことのない者,(2)前に禁錮以上の刑に処せられたことはあるが,その刑の執行を終わり,またはその執行の免除を得た日から,禁錮以上の刑に処せられることなく,5年を超える期間が経過している者に対し,情状により,1年以上5年以下の期間,その刑の執行を猶予することができる(25条1項)。また,(3)前に禁錮以上の刑に処せられたが,その執行が猶予され,猶予中の者が,1年以下の懲役・禁錮の言渡しを受け,情状がとくに酌量されるべき場合にも,同様とされている(ただし,保護観察に付されている者は除かれる。25条2項)。(1)(2)の場合には,猶予の期間中保護観察に付することが可能であり,(3)の場合には必ず保護観察に付することとされている(25条の2)。再犯,保護観察に際して付された遵守事項の違反などを理由(必要的取消事由は26条,裁量的取消事由は26条の2に列挙)として執行猶予を取り消されることなく,猶予の期間を経過したときは,刑の言渡しはその効力を失うものとされている(27条)。この執行猶予は,短期自由刑の弊害を回避するという消極的機能をもつとともに,保護観察と結びついて,社会内処遇の一形態としての積極的機能をもつ。
日本で採用されているような刑の執行猶予の制度はヨーロッパ大陸において発展をとげ,イギリス,アメリカでは刑の宣告猶予の制度が発達した。イギリス,アメリカでは,事実認定と刑の量定を手続上区分する制度が採られており,また,ジョン・オーガスタスをはじめとする篤志家によって保護観察(プロベーション)の地盤が築かれており,刑の宣告猶予はこれと結合したことなどが,その事情として挙げられている。刑の執行猶予は,1888年にベルギーで,91年にフランスで,猶予期間後は有罪判決を消滅させる制度として法制化された。また,1902年のノルウェー法も,執行猶予を,猶予期間経過後その刑の執行を免除するという形で採用するに至ったのであった。日本では,執行猶予は,05年公布の法律〈刑ノ執行猶予ニ関スル件〉により,1年以下の重・軽禁錮受刑者を対象に,猶予期間経過後刑の執行を免除するというノルウェー型のものとして導入された。07年公布の現行刑法は,これをベルギー・フランス型の制度に改め,かつその対象を2年以下の懲役・禁錮にまで拡大した。執行猶予の対象は,その後,47年の改正により3年以下の懲役・禁錮,5000円以下の罰金に拡大され,さらに53年には,1年以下の懲役・禁錮につき再度の執行猶予が可能とされるに至った。また,前科による欠格の期間も,当初の10年から,1907年の改正で7年,53年の改正で5年と短縮されてきた。なお,1922年公布の旧少年法,36年公布の思想犯保護観察法により導入された保護観察は,53年,再度の執行猶予の場合の必要的保護観察として採用され,翌年,初度の執行猶予の場合の裁量的保護観察にまで拡張された。
1996年に,通常第一審において執行猶予の言渡しを受けたのは,有期懲役・禁錮,罰金に処せられた者の61.6%にのぼっている(資料は司法統計年報による。以下同様)。刑種別にみると,有期懲役についてはその60.5%が,有期禁錮についてはその92.4%が,罰金についてはその0%がそれぞれ執行猶予の言渡しを受けており,禁錮についてはその率が著しく高い反面,罰金については執行猶予がまったく使われていないことが注目される。罪種別では,1996年に地方裁判所で有期懲役・禁錮に処せられた者についてみると,強盗(23.5%),殺人(22.6%)などについて執行猶予言渡し率が低くなっているのに対して,公職選挙法違反(99.0%),業務上過失致死傷・重過失致死傷(83.7%)などについてその率が著しく高くなっているのが注目される。なお,執行猶予の期間としては,3年(以上4年未満)が最も多くなっている(1996年では67.5%,検察統計年報による)。執行猶予の取消しについては,再犯で禁錮以上の刑に処せられたことによる必要的取消しが圧倒的多数を占めているほか,保護観察付の執行猶予についてその取消率が保護観察のつかない執行猶予の2倍以上になっていることが注目される。
執行猶予の運用については,保護観察の不備等のさまざまな問題が指摘されているが,執行猶予を言い渡す場合には,そうでない場合(実刑の場合)よりも刑が重くされており,執行猶予が取り消された場合,その重い刑がそのまま執行されることになっている。
刑の執行猶予のほかにいかなる刑の猶予の制度を設けるべきかが問題となる。改正刑法仮案(1940)は,刑の執行猶予のほか,訴訟手続の停止による(有罪)判決の宣告猶予を定めていたが,改正刑法準備草案(1961)は,事実認定,刑の量定,判決書の作成までを行い,その宣告のみを留保するという形でこれを採用した。法制審議会刑事法特別部会では,不要論,刑の宣告猶予採用論なども出,結論としては判決の宣告猶予が(刑の執行猶予のほかに)採用されたが,これに対しては批判も強かった。その後の法制審議会の総会では,執行猶予・起訴猶予で判決の宣告猶予の目的は達成できる,不当な起訴に対する救済は他の方法によるべきである等の不要論が出,判決の宣告猶予は結局採用されず,改正刑法草案(1974)からははずされるに至った。
執筆者:山口 厚
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犯罪者に刑を言い渡したうえで、一定期間その執行を猶予し、その間、本人が善行を保持したときは、その刑を執行しないことにする、という制度。19世紀の末ごろから、とくに短期自由刑の弊害(刑期が短いため、改善の効果も威嚇力も期待できない)を回避するために、西ヨーロッパ諸国で行われるようになった制度で、日本では1905年(明治38)にこの方法が採用され、その後、適用範囲を拡大しつつ現在に至っている。現行刑法において、執行猶予には、「刑の全部の執行猶予」と「刑の一部の執行猶予」の2種類がある。
刑の全部の執行猶予は、3年以下の懲役または禁錮、50万円以下の罰金について認められ、猶予期間は1年以上5年以下で決定される。しかし、禁錮以上の刑に処せられた前科のない者、または、これに準じて取り扱いうる者で、執行猶予を相当とする情状のある者に限る(刑法25条)。刑の言渡しと同時に判決で言い渡す。猶予期間中、保護観察をつけることもある(同法25条の2)。保護観察は、保護観察所がつかさどり、実行機関は保護観察官および保護司である。執行猶予の取消し事由は、期間中に罪を犯して禁錮以上の刑に処せられ、その刑に執行猶予が認められなかった場合のように、執行猶予がかならず取り消されるもの(必要的取消し事由)と、期間中に本人が遵守すべき事項を守らなかった場合などのように、情状をさらに検討したうえで取り消すかどうかを決めるもの(裁量的取消し事由)とを区別して、法律が規定している(同法26条・26条の2)。執行猶予が取り消されれば、先に言い渡されていた刑が現実に執行される。例外として、保護観察のつかない執行猶予の猶予期間中に罪を犯しても、1年以下の懲役または禁錮に処せられたにすぎず、とくに酌量すべき情状があるときは、再度、執行猶予が可能である。この場合には、かならず保護観察がつけられる。猶予期間を無事経過すれば、刑の言渡しそのものが効力を失う(同法27条)。
一方、刑の一部の執行猶予は、3年以下の懲役または禁錮の言渡しを受けた初入となる被告人(前に禁錮以上の刑に処せられたことがない者など)や薬物の自己使用事犯(薬物使用および単純所持)の被告人が対象とされ、判決で刑の一部の執行を猶予することを可能とするものである(刑法27条の2~7、薬物使用等の罪を犯した者に対する刑の一部の執行猶予に関する法律)。猶予期間は1年以上5年以下の期間とされる。実刑として刑の一部執行後、残刑の執行猶予期間中は保護観察に付することができる(薬物自己使用事犯者はかならず付される)ため、一定期間の施設内処遇に引き続き、相応の期間の社会内処遇(社会のなかで生活を営ませながら行う犯罪者処遇の形式)を実施することが可能になるとされている。
執行猶予は、短期自由刑の弊害回避という目的をもつことも否定できないが、むしろ、刑の現実の執行がありうるということで犯罪者を威嚇しつつ、自由刑執行による社会生活の中断がもたらす社会復帰への困難を避け、本人の自律的な更生を促すという積極的目的をもつ。とくに保護観察と結び付くときには、社会内処遇の性質をもつ。しかし、さらに現実的には、起訴便宜主義(検察官の裁量による起訴猶予を認めるという原則)の趣旨に従いあえて訴追するまでもなかったと裁判所が判断した場合の便宜的な救済措置としての機能や、恩典的意味をもつ事実上の刑の免除としての機能などもある。なお、最近では、懲役の約60%、禁錮の約90%が全部の執行猶予になっている。
[須々木主一・小西暁和 2022年6月22日]
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(土井真一 京都大学大学院教授 / 2007年)
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…懲らしめによる威嚇と,規律による行動の外的統制の理念がそれを支えた。 19世紀後半には,アメリカの保護観察を伴った宣告猶予であるプロベーションprobationとそれに学んだヨーロッパ大陸の執行猶予制度が,受刑者を改善するよりも悪風に感染させるだけであると非難されていた短期自由刑の弊害を避けるために発展し,またオーストラリアなどの流刑地で行われた累進処遇制・仮釈放制や,保護観察を伴った仮釈放であるパロールparole,あるいは早期釈放を監獄内規律維持に使う善時good time制が拘禁自体の回避策として発展した。以上の実刑回避にとどまらず積極的に犯人改善を目ざしての処遇体制も,70年のシンシナティ宣言のころから明確になり始める。…
※「執行猶予」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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