改訂新版 世界大百科事典 「マッコウクジラ」の意味・わかりやすい解説
マッコウクジラ (抹香鯨)
sperm whale
Physeter catodon
ハクジラ亜目マッコウクジラ科の哺乳類。熱帯~寒帯の外洋に生息するハクジラ(歯鯨)類の最大種。成長停止時の平均体長は雌で11m,雄で16mであるが,まれにそれぞれ13~18mを超える個体もある。全身黒褐色で,腹部に不規則な渦巻紋がある。高齢個体では,頭部からしだいに色が淡くなる。頭部は丸太状で,体長の1/4~1/3を占める。鼻孔は1個でS字状をなし,頭部前端の左側に位置する。鼻道はこの直下で左右に分かれる。右鼻道は脳油タンクとその下側のジャンクの間を通って後方に向かい,咽頭に達する。また,左の鼻道は脳油タンクの左外側に沿って咽頭に達する。脳油器官は千筋(せんすじ)と呼ぶ腱に包まれた脳油タンク(ケース)と呼ばれる脂肪組織とその下にあってジャンクと呼ばれるスイカのような脂肪組織よりなり,頭骨背面の巨大な凹みにおさまっている。細長い下あごは上あごの前端に達しない。機能歯は下あごに20対前後あり,上あごには痕跡歯が埋もれている。第2-6頸椎が融合している。背びれは丸い山型で,その後にも数個の波型の隆起が並ぶ。背びれから頸部(けいぶ)に至る背面には,さざ波状の凹凸がある。体重は雄では45tに達する。
繁殖はほぼ一年中行うが,受胎は春~初夏に,出産は秋(北半球では8~9月)に多い。妊娠期間は15~16ヵ月。出生時の子の体長は約4m。1年以内に索餌を始め,2年で離乳するが,まれには10年近く哺乳することがある。平均4年に1回1産1子である。雌では8~11歳,体長8~9mで成熟する。雄ではそのころ春機発動期が始まり,以後発育を続け,25歳,体長13~14m内外で繁殖に参加できる。最高寿命は雌雄とも約70年であるが,雌は40~50年で繁殖を停止する。繁殖は母系集団よりなる10~30頭の群れを中心に熱帯~温帯で行われ,交尾期になると一部の成熟雄は低緯度海域に入り,交尾相手を求めて雌の群をわたり歩く。生まれた雄は春機発動期になると親の群れを離れ,単独ないし雄だけの群れをつくってしだいに高緯度海域に回遊していく。雌は性成熟後も母親と生活を共にする。
餌料は生活場所によっても変わるが,キンメダイ,メヌケ,アンコウなどの底生大型魚と,ダイオウイカ類をはじめとする各種イカ類である。500m以深に生息する魚類が胃から出ている。また,水深2800mに潜水することもソナーで確かめられている。本種は暗黒の深海に1時間以上潜水し,音波を用いたり,相手の発する光を頼りに餌を追いかけたり,あるいはかすかに光る歯や口唇にひかれてイカなどが寄ってくるのを待って捕食するといわれる。本種の雄の多くは高緯度海域にすみ分けているうえに,低緯度の繁殖群の中でも大型個体は深層で索餌することによって,雄は雌や若い個体との競合をさけているといわれる。
母船式捕鯨業は,かつては本種を大量に捕獲した。初め高緯度海域の大型雄を漁獲した後,1960年代から低緯度の繁殖群の捕獲に移り79年ころまで続き,その後も,沿岸の基地式捕鯨が続いた。第2次世界大戦後,北太平洋だけで25万頭が捕獲されたとされるが,この統計には大幅な記録もれがある。現在の資源は全世界で数十万頭,西部北太平洋に5~10万頭といわれる。乱獲によってかつて好漁場であったベーリング海~三陸近海にはほとんど本種を見なくなったが,1988年4月以降保護された結果,最近発見が増加傾向にある。脂皮は採油原料と食用に,肉は食用に,歯は工芸用に,千筋はテニスのラケット用として利用された。竜涎香(りゆうぜんこう)は本種の大腸からまれに出る病的生成物で香料原料となる。
→クジラ
執筆者:粕谷 俊雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報