マルキオン(読み)まるきおん(その他表記)Marcion

日本大百科全書(ニッポニカ) 「マルキオン」の意味・わかりやすい解説

マルキオン
まるきおん
Marcion
(85ころ―160ころ)

古代キリスト教の異端者。生涯とその思想は、彼に対するキリスト教正統派の反駁(はんばく)書を通じてしか知られていない。おそらく黒海沿岸ポントゥス州の町シノペに生まれ、140年ごろローマに行って自説を展開したらしい。144年教会から排斥されて独立教会を樹立し、自ら新しい福音(ふくいん)書を編集した。彼の形成した分派(マルキオン派)は、ラテン教父テルトゥリアヌスをはじめ古代キリスト教会の教父たちによって、正統信仰を脅かすものとして危険視されていた。パウロの反律法主義を極端な形で発展させ、律法に対して福音を、旧約の神に対して新約の神を強調した。イエス・キリストは新約の善の神が人間の姿をとって現れたものであり、陰府に下って人間をそのしがらみから救うと考える。物質を敵対視し、キリスト仮現説を唱える。その立場はグノーシス思想のキリスト教的適応であるといってもよい。

[百瀬文晃 2017年12月12日]

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改訂新版 世界大百科事典 「マルキオン」の意味・わかりやすい解説

マルキオン
Marcion

後2世紀中ごろのキリスト教の異端指導者。生没年不詳。小アジアの黒海沿岸シノペの船主。後にローマに移り,当初ローマ教会に属したが,144年に独自の教会を設立。この教会は後代まで正統派教会の強力な競争相手として続いた。彼は,応報的正義を特徴とする旧約の神と,人間に対する愛を特徴とする新約の神とは別の存在とし,後者のみを重要視した。ただし,彼は新約聖書でも旧約的立場からの改変が行われているとし,パウロの手紙と《ルカによる福音書》のみを,しかも自分が原型とみなす形に戻した上で,資料とした。彼によれば,新約の神は人間に対する愛から〈救いの霊〉として地上に下り,人々に律法からの脱却を教えたが,旧約の神は彼がだれであるかを知らず,十字架にかけ,黄泉(よみ)に送った。しかし彼はかえって,断罪されている人々をそこから救い出した,という。肉体を罪悪視し,キリストは肉体的存在者ではなかったとするキリスト仮現説(ドケティズム)を採るのが,一つの特徴である。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「マルキオン」の意味・わかりやすい解説

マルキオン
Marcion

2世紀に活躍したキリスト教の異端者。二元的神観とキリスト仮現説によって多くの信奉者を得,初期キリスト教会に大きな脅威を与えた。その生涯はほとんど不明であるが,黒海沿岸シノペの人らしく,137年頃ローマに上り,当時のキリスト教におけるユダヤ的要素の排斥,妥協的な教会の根本的改革を主張した。この頃グノーシス派と交わったらしいが,教説にはさほどの影響はみられない。彼の過激な主張は教会にいれられず,144年頃分離して新教会を結成,パウロ書簡と『ルカによる福音書』だけを正典とした。旧約聖書と新約聖書の矛盾を突いた『対照表』 Antitheseisを著わし,またパウロ書簡や『ルカによる福音書』を最初に正典として編纂した,新約聖書正典形成史上の重要な人物。

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世界大百科事典(旧版)内のマルキオンの言及

【グノーシス主義】より

…《ギンザ》ほかの文書が残っている。
[小アジア]
 ポントス出身のマルキオンは2世紀前半ローマで活躍した。この特異なグノーシス主義者については,教父テルトゥリアヌスほかの証言がある。…

【聖書】より

…東方教会が新約文書の全体を公認するまでには,その後も数世紀を要した(コンスタンティノープル会議,692)。新約文書の正典化を促進した重要な動機として挙げられるのは,グノーシス主義者やマルキオンがイエスとパウロの独特な解釈を行い,とくにマルキオンが旧約聖書を排斥して簡略福音書を作成し,独自の排他的な正典を制定したことであった。
【本文と写本】
 旧約聖書は一部(《ダニエル書》2:4~7:28,《エズラ記》4:8~6:18,7:12~7:26,《創世記》31:47,《エレミヤ書》10:11)のアラム語で書かれた個所を除いて,ヘブライ語で書かれている。…

※「マルキオン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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