マートン(英語表記)Robert King Merton

改訂新版 世界大百科事典 「マートン」の意味・わかりやすい解説

マートン
Robert King Merton
生没年:1910-

現代アメリカの社会学者。フィラデルフィアスラムに生まれる。ハーバード大学を卒業,1941年からコロンビア大学教授を務める。ソローキンに学び,マルクス主義を含めヨーロッパ社会学の知的伝統を吸収し,その精髄を社会学理論に再構成した。門下からS.M.リプセット,A.W.グールドナー,P.M.ブラウ,L.A.コーザーらの俊英が輩出した。その学風は,パーソンズの演繹的で幾何学的精神と好対照を示し,むしろ帰納的かつ繊細な精神によって彩られている。その精神は,デリケートな均衡の分水嶺を歩み,そこから両義性,ジレンマ,アイロニー,紛争の秩序形成力などの観察力が生み出されたばかりでなく,多様で互いに異質な理論的アプローチのもつ対抗的相補性を重視する考えも導き出された。

 研究分野は多方面に及ぶが,理論研究では〈中範囲の理論〉と機能分析の提唱が代表的である。〈中範囲の理論〉は,抽象的理論研究と経験的記述(あるいはその経験的一般化)とを互いに対等な関係において有機的に関連づけることのできるよう構想されたもの。そこには,一方で正確さと論理的斉合性を強調するあまり経験的対応物からかけ離れ言葉の遊戯と無益な理論化に陥りやすい理論研究に対して,他方では理論的方針を見失った経験的調査至上主義に対して,批判意識が横溢(おういつ)している。また彼の機能分析の特徴は,〈意図した行為の思わざる結果〉を明らかにするため,そして従来の機能主義理論のうちに認められた保守性とイデオロギー性とをともに克服するために,機能-逆機能,顕在的機能-潜在的機能,さらに機能的代替物あるいは機能的等価といった概念を提示したところにある。そのほか,官僚制逸脱行動,科学・芸術・知識,専門職,マス・コミュニケーション大衆説得準拠集団などの領域で不滅の業績をあげた。自己成就的予言,役割セット,マシュー効果,達人的発見力などの術語をくふうし,社会学的分析に新たな地平を切り開いたのも彼の功績である。主著に《社会理論と社会構造》(1949),《社会学的両義性》(1976)がある。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「マートン」の意味・わかりやすい解説

マートン
Merton, Thomas

[生]1915.1.31. バスク,プララド
[没]1968.12.10. バンコク
フランス生れのカトリック司祭。現代アメリカの最もすぐれた宗教作家,詩人。多彩な精神的遍歴ののち,コロンビア大学在学中 (1938) カトリックに改宗。 1941年トラピスト修道会に入り,きびしい修道生活をおくるとともに,その才能を認めた上長の許しによって著作に従事。自叙伝『七層の城』 Seven Story Mountain (48) は一躍ベストセラーとなり,アメリカ・カトリック思想界の明星として大きな影響を及ぼすようになった。 49年司祭に叙階,55年には自分の修道院の修練長となった。彼の著作は,混沌と苦悩の時代に,沈黙,放棄,神への沈潜を通じて内面の浄化と愛への道を模索する人々に希望を与えた。 60年代には核戦争,平和運動,黒人問題などに関心を向け,これらに関する論説や著作を発表するとともに東洋の禅についてもすぐれた論考を書いた。 68年,アジア・ベネディクト・トラピスト会議のためバンコクにおもむき,同地で感電事故のため死亡。著作には『真理への上昇』 Ascent to Truth (51) ,『観想の種子』 Seeds of Contemplation (49) ,『ヨナのしるし』 The Sign to Jona (53) ,『神秘主義者と禅師たち』 Mystics and Zen Masters (69) など多数。

マートン
Merton, Robert K(ing)

[生]1910.7.5. ペンシルバニア,フィラデルフィア
[没]2003.2.23. ニューヨーク
アメリカの社会学者。 1931年テンプル大学卒業後ハーバード大学で学び,1936年同大学助教授,1941年コロンビア大学教授。広範な問題領域に関心を示し,科学,技術,文化,経済,労働,人口,官僚制,マス・コミュニケーション,政党などに関する論文を発表しているが,特に,社会学論と方法論,社会構造論,知識社会学,マス・コミュニケーションの領域で注目すべき業績を残している。彼が提示した機能主義の理論は社会学に多くの影響を与えたが,特に顕在的機能と潜在的機能,順機能と逆機能などの概念は著名である。また,社会学における理論と実証との乖離 (かいり) を乗り越えるために,実証可能な「中範囲の理論」の必要を強調した。主著『社会理論と社会構造』 Social Theory and Social Structure (1949,1957改訂増補) 。

マートン
Merton

イギリスイングランド南東部,グレーターロンドンを構成する 33地区の一つ。外部ロンドンに属する区で,グレーターロンドンの南西,キングストンアポンテムズの東に位置する。住宅地であるがミッチャムウィンブルドンなどの緑地も多い。ウィンブルドンは毎年行なわれるテニスウィンブルドン選手権大会の会場として有名で,テニスのメッカとなっている。面積 38km2。人口 18万7908(2001)。

マートン
Merton, Robert C.

[生]1944.7.31. アメリカ,ニューヨーク
アメリカの経済学者。 1970年マサチューセッツ工科大学で経済学博士号を取得。ハーバード大学教授。シカゴの金融先物取引所で通貨先物の取引の始った 1973年に,シカゴ大学の F.ブラックとスタンフォード大学の M.S.ショールズが提示したオプション価格の決定モデル「ブラック=ショールズ・モデル」の研究に協力,モデルの応用範囲の拡大につとめ,金融派生商品 (デリバティブ) 取引拡大への道を開いた。 97年,オプション取引などデリバティブの値決定法を考案,金融市場の飛躍的な発展に多大の貢献をしたことで,M.S.ショールズとともにノーベル経済学賞を受賞。

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百科事典マイペディア 「マートン」の意味・わかりやすい解説

マートン

米国の社会学者。コロンビア大学名誉教授。社会学理論の発展に貢献した。パーソンズの包括的・体系的な一般理論に対して,〈中範囲の理論〉を提唱したことで知られる。抽象的理論の経験ばなれと,理論的方向性を自覚的にもたない経験的調査至上主義の双方を批判し,理論と経験的記述を等価に扱い,両者の有機的連関をうちたてようとするもので,経験的仮説を積み上げて概念枠組を構成することの重要性を主張した。構造機能分析における〈順機能〉と〈逆機能〉,〈顕在的機能〉と〈潜在的機能〉などの概念の定式化は,そのための分析の精緻化に有効なものとされた。また,準拠集団論の展開,予言の自己成就など多くの社会学的用語の提案など,幅広く社会学の進展に貢献している。
→関連項目逸脱行動

マートン

米国の著述家,詩人。フランス生れ。共産主義者であったが,カトリック教徒となり,1941年トラピスト修道士となる。著書に《七階の丘》(1948年)。

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世界大百科事典(旧版)内のマートンの言及

【犯罪学】より

…この異質的接触理論を修正するものとして,人は自己の犯罪行動を受容してくれるだろうと思われる実在または架空の人に対する自己同一化の程度によって犯罪を行うようになるというグレイザーD.Glaserの〈異質的同一化理論〉や,自分自身についてのよいイメージが非行抑制の重要な要素であるとするレックレスW.C.Recklessなどの〈自己観念理論〉などがある。〈アノミー理論〉はマートンR.K.Mertonがデュルケームの理論を独自に発展させたものである。現代社会は財産や社会的地位の獲得を到達すべき目標として強調するが,この目標を合法的に達成する手段はすべての者に与えられているわけではない。…

【アノミー】より

…この型の自殺はアノミー的自殺と名づけられている。 デュルケーム以後,資本主義化,都市化,大衆化などが大規模にすすむアメリカで,この概念が注目を浴びるようになり,G.E.メーヨー,R.M.マッキーバー,D.リースマン,R.K.マートンらの社会学者を通じて独自の展開をみている。とくにマートンの考察は著名で,彼は,ひとつの社会における文化的目標と制度的手段の不統合によって生じる規範の衰耗をアノミーと規定し,そのような場合,成員の間に逸脱行動が生じやすいとした。…

【逸脱】より

…平凡な同調行動ではなく,世人の非難の的となるような逸脱行動のなかに,研究者は各時代の特異性を科学的に評定する一種の指標を求めたのである。 1938年,R.K.マートンは,それまでプラグマティックな関心に左右され,政策的提言をもっぱらにしていたアメリカの社会病理学に対して,〈逸脱行動deviant behavior〉という用語を定着させる画期的な論文〈社会構造とアノミー〉を発表した。この論文は,フランス実証主義のよき伝統をはじめてアメリカにもたらしたという意味でも,また,種々の病理現象をはじめて科学的な概念で処理しえたという意味でも,まさしく以後の社会病理学をリードするものであった。…

【科学】より

…そこで,科学という知的営為をそうした社会的側面から学問的に追究しようとする領域が1950年代から徐々に現れてきた。一般には科学社会学sociology of scienceと呼ばれ,アメリカの社会学者R.K.マートンに発すると考えられている。 このように科学は現在さまざまな方法で,さまざまな領域から解明を試みられているが,たいせつなことは,それがつねに姿を変え形を変え性格を変えてダイナミックに変化するものであって,包括的かつ静的にとらえようとすると,必ずどこかでその把握からはみ出す,という点であろう。…

【社会心理学】より

…(4)集合行動や社会意識の研究 社会構造とその矛盾,変動などに関心をもつ社会学と,社会心理学とのいわば接点で展開されてきた諸研究である。たとえば社会構造と逸脱行動の関連を明らかにしたR.K.マートンのアノミー論,集合行動を一連の価値付加過程として定式化したスメルサーN.J.Smelserの理論などがあげられる。また,一般に社会意識の名称でよばれる階級・階層意識,政治意識,労働意識などの実証研究もここに加えることができる。…

【犯罪学】より

…この異質的接触理論を修正するものとして,人は自己の犯罪行動を受容してくれるだろうと思われる実在または架空の人に対する自己同一化の程度によって犯罪を行うようになるというグレイザーD.Glaserの〈異質的同一化理論〉や,自分自身についてのよいイメージが非行抑制の重要な要素であるとするレックレスW.C.Recklessなどの〈自己観念理論〉などがある。〈アノミー理論〉はマートンR.K.Mertonがデュルケームの理論を独自に発展させたものである。現代社会は財産や社会的地位の獲得を到達すべき目標として強調するが,この目標を合法的に達成する手段はすべての者に与えられているわけではない。…

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