将来起こるかどうかわからないリスクを確率や統計といった数学的手法を駆使して分析し、株式や債券などの資産運用について、工学的手法で研究する学問。金融経済学などに比べ、資産管理や運用など実務的問題を扱う技術的側面が強い。金融工学は金もうけにつながる学問との誤解があるが、あくまでリスクを避けて効率的なリターン(収益率)を追究する学問である。
1950年代にアメリカのH・M・マルコビッツが「リスク」と「リターン」を数学的に定義し、分散投資が資産運用に役だつことを統計学的に証明。投資リスクを予測・評価する物差しが生まれ、金融工学の研究がスタートした。1970年代には、1997年のノーベル賞受賞対象となる「ブラック・ショールズ・マートンの方程式」が登場。将来の資産価格を売買するオプションなど金融派生商品(デリバティブ)の価格を簡単に計算できるようになり、デリバティブ市場拡大とともに、金融工学の隆盛につながった。さらに一段と精緻(せいち)化した「ハリソン・クレプス・プリスカの無裁定原理と同値マルチンゲール測度理論」が誕生し、金融工学を駆使してさまざまな金融商品が開発されるようになった。
ただ1998年に、金融工学でノーベル賞を受賞した学者が設立に加わったアメリカのヘッジファンド、ロングターム・キャピタル・マネジメント(LTCM)が破綻(はたん)。金融工学で開発されたサブプライム住宅ローン関連商品が2008年の世界金融危機の引き金になるなど、最近は金融工学を見直す機運も高まっている。金融工学の基礎となるリスクの数値化はあくまで過去の平均値を基準とするため「100年に一度」といわれる危機を予測することはできないうえ、世界的な「カネ余り」現象がバブル経済を招き、人々のリスク意識を鈍らせたとする反省もある。このため最近では脳科学などを応用して、金融工学の新領域を開拓する試みも進んでいる。
日本では、江戸時代に大坂・堂島(どうじま)で先物取引の一種が行われていたほか、ブラック・ショールズ・マートンの方程式を導き出すには、数学者の伊藤清(1915―2008)がみつけた基本定理を使わねばならないなど、金融工学の素地は昔からあったとされる。しかし東京大学などで金融工学の専門研究部門が誕生したのは1990年代と、欧米に比べて実用化や人材育成面で10年以上後れをとっているとされる。
[矢野 武]
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