アメリカの社会学者。行為の一般理論、構造機能分析、社会体系論などと称される社会学の理論体系を構築し、その学問的影響は広く人類学、歴史学、政治学、および心理学や精神分析などの隣接諸科学にとどまらず、さらには社会福祉学から都市計画などの政策科学、応用科学にまで及んでいる。
1902年12月13日コロラド州コロラド・スプリングズに生まれる。父エドワードEdward Smith Parsons(1863―1943)は組合派教会の牧師。1920年アムハースト・カレッジに入学、生物学を専攻したが、やがて社会科学、とりわけ制度派経済学への関心が高まる。卒業後1924~1925年にかけてロンドン・スクール・オブ・エコノミックスでH・ラスキ、R・H・トーニーに経済学を学ぶが、同時にホッブハウス、ギンズバーグに社会学を学び、さらにマリノフスキーの文化人類学における機能主義的アプローチに接して大きな影響を受けた。その後1925~1926年にはハイデルベルク大学に留学し、哲学科で社会学的経済理論を研究し、1927年同大学より哲学博士の学位を取得した。その間、M・ウェーバーの業績との出会いはネオ・カント学派としてのパーソンズの社会学理論の発展に大きな影響を与えることになった。
1927年ハーバード大学で経済学の講師となり、1931年同大学に社会学部が創設されるに至り社会学講師、1944年教授。1946年からは社会関係学部長となり、1949年にはアメリカ社会学会第39代会長を務めた。1967年には、その学問的影響力のゆえに、社会科学者としては初めてアメリカ芸術・科学アカデミーの会長に選ばれている。その後、1973年ハーバード大学を定年退職するまで、アメリカ社会学界の指導的理論家として活躍し、その門下からはW・ムーア、R・K・マートン、K・デービスKingsley Davis(1908―1997)、N・スメルサー、R・ベラーなど著名な社会学者を輩出した。
パーソンズの初期の研究はヨーロッパの理論家たちの業績に焦点が置かれていたが、その研究は『社会的行為の構造』(1937)において集大成された。それは、ウェーバー、デュルケーム、パレート、A・マーシャルの著作を比較検討しつつ収斂(しゅうれん)させ、「主意主義的行為理論」の構築を目ざしたものであったが、同時に実証主義的伝統と観念主義的伝統を「分析的リアリズム」に統合する試みでもあった。その後の行為理論の彫琢(ちょうたく)の成果は1950年代に入って『行為の一般理論を目ざして』(1951)と『社会体系論』(1951)に結実する。続いて1960年代に入ると新進化論とサイバネティックスの発想がその理論的支柱となって、いわゆる「AGIL図式」の本格的な完成期に入る。しかし、その十全な展開を終えることなく、1979年5月8日ミュンヘンにて客死した。
[中野秀一郎]
『T・パーソンズ著、武田良三監訳、丹下隆一他訳『社会構造とパーソナリティ』(1973/新装版・2001・新泉社)』▽『タルコット・パーソンズ著、新明正道監訳『政治と社会構造』上下(1973、1974・誠信書房)』▽『佐藤勉訳『社会体系論』(1974・青木書店)』▽『稲上毅他訳『社会的行為の構造』全5冊(1976~1989・木鐸社)』▽『タルコット・パーソンズ著、丸山哲央訳『文化システム論』(1991・ミネルヴァ書房)』▽『T・パーソンズ著、田野崎昭夫監訳『社会体系と行為理論の展開』(1992・誠信書房)』▽『タルコット・パーソンズ著、富永健一他訳『宗教の社会学』『人間の条件パラダイム』(2002・勁草書房)』▽『田野崎昭夫編『パーソンズの社会理論』(1975・誠信書房)』▽『高城和義著『アメリカの大学とパーソンズ』(1989・日本評論社)』▽『高城和義著『パーソンズとアメリカ知識社会』(1992・岩波書店)』▽『ロランド・ロバートソン、ブライアン・S・ターナー編、中久郎・清野正義・進藤雄三訳『近代性の理論――パーソンズの射程』(1995・恒星社厚生閣)』▽『松本和良著『パーソンズの社会学理論』(1997・恒星社厚生閣)』▽『松岡雅裕著『パーソンズの社会進化論』(1998・恒星社厚生閣)』▽『中野秀一郎著『タルコット・パーソンズ――最後の近代主義者』(1999・東信堂)』▽『油井清光著『パーソンズと社会学理論の現在』(2002・世界思想社)』▽『高城和義著『パーソンズとウェーバー』(2003・岩波書店)』▽『中野秀一郎他著『社会学のあゆみ』(有斐閣新書)』
反動型蒸気タービンを発明したイギリスの機械技術者。ロンドンに生まれる。父親は望遠鏡の製作で知られる天文学者ウィリアム・パーソンズである。ダブリンとケンブリッジ両大学を卒業後、蒸気力利用に関心をもち研究、考案を始めた。1774年にワットが発明した蒸気機関は、ピストンの往復運動を遊星歯車あるいはクランクを用いて回転運動に変えるものであった。それ以後多くの技術者が、蒸気を直接車の周囲に取り付けた羽根に吹き当てて回転運動を得ようという考えをもち始めた。1880年代に発電機を回すために回転数の大きい動力源が必要となってきた。パーソンズは高速回転しても十分に安定で強度の大きい車輪を製作すること、その材料となる金属が熱に対して強いこと、蒸気をむだなく有効に使うくふうをすることなどの問題を解決して、1884年に最初の蒸気タービンを製作し、特許を取得した。1889年ニューカッスルの近くヒートンに会社を設立し、タービンの製作を始めた。その後タービンの性能向上に努め、次々と改良を行い、1891年に復水器付きのタービンをつくった。1897年にはビクトリア女王の在位60年祭に催された海軍観艦式において、パーソンズのタービンを備えたタービニア号が34.5ノット(時速63.9キロメートル)というかつてなかった速度で走った。蒸気タービンは回転速度が大きいので、船の推進プロペラを回すために歯車を使って回転速度を小さくする必要がある。パーソンズは歯車減速タービンを1910年に発明し、そのため蒸気タービンは船舶用動力機械として用いられるようになった。また火力発電所において発電機を動かすのにも使用された。1931年2月ジャマイカのキングストン沖の船中で死去した。
[中山秀太郎]
イギリスの天文学者。星雲観測の第一人者。貴族の子としてヨークに生まれる。ダブリン大学を経て、1822年オックスフォード大学を卒業。下院議員、上院議員として政治的に活躍したが、本来天体観測に関心が強く、1839年に口径約90センチメートル、1842年にその2倍の大反射金属鏡を自作し、1845年から微光天体、とくにJ・ハーシェルが作成した星雲表にある天体の探査に精進した。1850年14個の渦状星雲を確認し、その構造が回転運動によって生じたことを証明しようと努めた。かに星雲、ふくろう星雲、亜鈴星雲など形状の明らかな星雲の名称は彼の命名による。1848年王立協会会長に就任。
[島村福太郎]
アメリカの社会学者。第2次大戦後の世界の社会学界を一般理論の面でリードし,社会学の理論水準を飛躍的に高めた。
1902年コロラド州コロラド・スプリングズに生まれる。父は聖職者,英文学者でカレッジの学長も務めた人物であった。マサチューセッツ州アマースト大学を卒業後,ロンドン・スクール・オブ・エコノミックスおよびハイデルベルク大学に留学し,ハイデルベルク大学で27年に学位を得た。同年ハーバード大学経済学部講師となり,31年社会学講座の創設にともない社会学講師に転じ助教授,准教授を経て,44年教授となり,72年に名誉教授となるまで45年間ハーバード大学の教壇にあった。72,73,78年の3度にわたって来日し,とくに78年の3度目の来日では関西学院大学で3ヵ月間講義を担当した。翌79年5月,ハイデルベルク大学から学位取得50周年記念講演に招聘(しようへい)され,講演をすませた翌日,ミュンヘンにおいて心臓疾患のため急逝した。
パーソンズの社会学理論は,〈行為の一般理論〉および〈社会システム理論〉という名によって体系化されており,方法論的には〈構造-機能主義structural-functionalism〉として特徴づけられている。
パーソンズは1937年に800ページにのぼる大著《社会的行為の構造The Structure of Social Action》によって学界に登場した。彼は,19世紀以来のヨーロッパ思想史における人間行為についての見方を,(1)実証主義的行為理論,(2)功利主義的行為理論,(3)理念主義的行為理論の三つに分け,この3者の収斂(しゆうれん)する地点において一つの新しい総合的な行為理論を構想して,これを〈主意主義的行為理論voluntaristictheory of action〉と名付けた。主意主義的行為理論は,極端な功利主義や極端な理念主義のいずれに偏することも避ける。これらのどれでもなく,しかも実証主義の要請を満たし,個人の行為を社会的全体の中に位置づけて解釈することができ,あわせて人間行為における超越的な理念の役割を説明概念の中に導入してくることのできるような社会学理論を求めること,これがパーソンズの全生涯を通じる基本テーマであった。1951年にパーソンズはやっとそのような立場に立った理論を構成し得たと信じ,これを《社会体系論The Social System》において提示した。社会システム理論の中心概念はいうまでもなくシステムであって,システムとはこの場合,社会的全体についての概念化ともいえる。社会を行為のシステムとしてみるという考え方は,おりからの自然科学分野で発展をみたサイバネティックス,および一般システム理論からの影響を受けている。
行為システムは,パーソナリティ・システム,社会システム,文化システムという三つ(のちに行動有機体システムを加えて四つ)のそれぞれ結晶化の焦点を異にする独立のシステムから成る。パーソンズは,社会システムをパーソナリティ・システムの上位システムとみなす考え方を排除することによって,社会を個人の単なる総計とする方法的個人主義が従来陥ってきたジレンマを克服しようとした。また,パーソナリティ・システムと社会システムの外に文化システムを考えることによって,価値とか理念のような行為の目標が文化要素からくると説明し,〈目標のランダムネス〉に陥る功利主義のジレンマを克服し得るとした。
パーソンズは行為システムの機能的要件として,適応adaptation,目標達成goalattainment,統合integration,潜在的パターンの維持latent pattern maintenanceの四つをあげ,これら四つをそれぞれ第1次的に受け持つサブ・システムをA部門,G部門,I部門,L部門と呼んだ(AGIL図式)。これら4部門のあいだには相互にインプットとアウトプットの交換(境界相互交換)が行われ,それらの交換におけるメディアとして貨幣,権力,影響力,価値コミットメントの四つがあげられる(メディア理論)。
社会変動は社会システムにとっての環境,すなわち物的環境,有機体システム,パーソナリティ・システム,文化システム,あるいは他の社会システムの変化に起因する外因性の均衡破壊,または社会システム内部における緊張の累積に起因する内因性の均衡破壊のいずれかによって起こる。社会進化とは,この構造変動が,社会システムの環境に対する適応能力を高める方向に進む場合の長期的な過程をいう。A,G,I,Lの各サブ・システムは,Aに近いほど物質およびエネルギー水準が高く,Lに近いほど情報によるコントロール水準が高い(サイバネティック・コントロールの原理)。社会進化は社会システムが環境コントロールの能力を高めていく過程だから,社会システムよりもサイバネティック・ヒエラルヒーにおいて一段上位にある文化システムの変動に依存している。具体的には,科学・技術のイノベーションに由来する産業化が,ここで意味されている社会進化である。
このようなパーソンズ理論は,社会学の理論を一挙に革新して第2次大戦以後の新しい社会学の主流としての位置を占めただけでなく,政治学や経済学や心理学などの隣接する理論的諸科学,ならびに宗教や医療や教育や法など社会学にとっての外延的な諸研究分野に多大の影響を与えた。他面では彼の理論は,H.G.ブルーマーをはじめとする象徴的相互行為主義,A.シュッツをはじめとする現象学的社会学,T.W.アドルノをはじめとする批判的社会理論,R.ダーレンドルフをはじめとする闘争理論conflict theoryなどによる批判的挑戦を受けつづけてきたが,これらの諸理論と構造-機能主義が相容れないと考える必要は必ずしもなく,構造-機能主義はそれらを摂取してみずからを高める可能性を残している。
執筆者:富永 健一
イギリスの技術者,企業家。父ウィリアムは第3代ロスRosse伯爵。ダブリンのトリニティ・カレッジ,ケンブリッジのセント・ジョンズ・カレッジを卒業後,民間企業の技術者として研修を積んだ。1884年クラーク・チャップマン会社の新設の電気部門の責任者となり,小型発電機を直接回転させる蒸気タービンを着想,同年に最初の特許を得るとともに試作品を製作した。89年C.A.パーソンズ会社を設立,92年には凝縮器のついた蒸気タービンを用い,従来の,蒸気機関からベルトで発電機を駆動する方式と効率上肩を並べるまでになった。94年からは舶用タービンの開発に着手,タービニア号を建造して蒸気タービンの舶用機関としての優秀性を示した。そのほか彼はガラス製造会社,望遠鏡製造会社も経営,またローヤル・ソサエティ副会長,ブリティッシュ・アソシエーション会長を務めた。
執筆者:高山 進
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…これに対して,蒸気タービンの実用化には,大きい遠心力に耐え複雑な形状をした羽根,あるいは高速回転体のつり合いや軸受などに関して材料の進歩と加工技術の発達を待たねばならなかった。 蒸気タービン実用化の道が開かれたのは19世紀の終りになってからであり,スウェーデンのド・ラバルCarl G.P.de Laval(1845‐1913)による単段の衝動タービンの製作(1883),イギリスのパーソンズCharles A.Parsons(1854‐1931)による多段の反動タービンの製作(1884)に始まる。とくに後者は,本質的な形式の変化もなく今日の大出力機に受け継がれている。…
…これに対して,蒸気タービンの実用化には,大きい遠心力に耐え複雑な形状をした羽根,あるいは高速回転体のつり合いや軸受などに関して材料の進歩と加工技術の発達を待たねばならなかった。 蒸気タービン実用化の道が開かれたのは19世紀の終りになってからであり,スウェーデンのド・ラバルCarl G.P.de Laval(1845‐1913)による単段の衝動タービンの製作(1883),イギリスのパーソンズCharles A.Parsons(1854‐1931)による多段の反動タービンの製作(1884)に始まる。とくに後者は,本質的な形式の変化もなく今日の大出力機に受け継がれている。…
…世界で初めての蒸気タービン船。1894年,実用蒸気タービン発明者の一人であるイギリスのC.A.パーソンズによって建造された。排水量44.5トン。…
…アメリカの社会学者T.パーソンズの主著の一つ。1951年刊行。…
… 社会学では発展段階説としては上述のスペンサーやコントのほかに,テンニースの本質意志を結合原理とするゲマインシャフト→選択意志を結合原理とするゲゼルシャフト,デュルケームの同質的分業を結合原理とする環節的社会→異質的分業を結合原理とする有機的社会,などが知られている。また最近ではパーソンズなどによって〈環境への適応能力の増大〉という観点から,社会進化論の復興が試みられている。社会移動【山口 節郎】。…
…このような2極間の変動論と社会進化論とが結びつくと,社会が構造分化と統合を通じて変動するという見解が出てくる。分化と統合をくりかえして構造が複雑化していき,社会全体の適応力が増大していくとみる考え方は,社会学には古くからみられるが,近年の代表者はパーソンズである。以上のような諸学説は,成熟した産業社会に至る産業化および近代化に関心をもつものであった。…
… その後1920年代から40年代にかけて,宗教社会学は一時停滞していたが,第2次大戦後,アメリカで,従来の調査,統計を主とする研究の伝統に加えて,デュルケーム,ウェーバーの理論の摂取が盛んになった。T.パーソンズは,宗教行動を合理的行動とは別の次元で独立している非合理的行動の一つととらえたうえで,ウェーバーの行動の動機づけとなる宗教思想のとらえ方と,デュルケームの社会統合を果たす宗教の機能分析を接合しようとした。そして,社会変動において意味づける宗教の貢献度を高く評価し,近代社会における〈世俗化〉は,宗教の衰退ではなく,宗教が他の社会制度から分化し,より純粋になったものとしてとらえた。…
…経済過程を,独立のものとしてではなく,政治的,社会的そして文化的な過程との相互作用のもとにあるものとして扱う経済学。M.ウェーバーとT.パーソンズの著書名《経済と社会》からもうかがわれるように,こうした方向における経済研究はおもに社会学者によって構想されてきた。つまり,社会学的な観点を基礎にする経済学という意味で社会経済学socio‐economicsとよばれるのである。…
…それぞれの社会では,それぞれ内容や程度において病気の役割が異なっており,それが病気観を規定する。この病気の役割という概念を最初に提出したパーソンズは,アメリカ人の場合,上の三つに加えて,それらの役割の正当性を示すために病人は,医療専門家の指示にしたがい,できるだけ早く回復するよう努力する義務が求められているといい,さらにその背景として,資本主義社会における達成本位の社会構造をあげている。これに対して,ソビエト社会では,早く回復する義務が求められていないばかりか,完全回復まで援助されることを,むしろ権利として感じる傾向の強いこと,そして,これは社会主義社会における集団的目標を優先しようとする社会観に由来するといっている。…
※「パーソンズ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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