日本大百科全書(ニッポニカ) 「逸脱行動」の意味・わかりやすい解説
逸脱行動
いつだつこうどう
deviant behavior
ある社会の社会的規範から逸脱(または偏倚(へんい))した行動をいい、偏倚行動ともいう。社会的規範は多様であり、その内容には法律、モーレス(習律、集団内の行動基準)、慣習などが含まれ、さらに、道徳、伝統、礼儀、流行などが含められさえもする。したがって、逸脱行動もまた多様であって、犯罪、非行、麻薬・アルコール中毒、売春、喧嘩狼藉(けんかろうぜき)のたぐいばかりでなく、俗語・隠語・卑猥(ひわい)な言語の使用、神への冒涜(ぼうとく)、政治・経済に関する過激な言動なども含められることがある。また、社会的規範は、時代により、社会によって異なり、同一の時代、同一の社会にあっても、その社会体系の次元の違いによっても相違することがある。したがって、逸脱行動もまた、時代により、社会により、また社会体系の次元によって相対的に異なることがありうる。
[渡邊益男]
分析の視点
逸脱行動を規定するためには、社会的規範に基づく社会統制と逸脱主体の二つが不可欠の要件ないし側面としてある。これまでの逸脱行動の研究の多くは、そのどちらか一方に重点を置くか、あるいはどちらか一方の側から接近しようとするものであった。初期の研究においては、あたかも性悪説のように、個人の内発的傾向として逸脱可能性のあることが前提とされており、社会的規範に基づく統制が弛緩(しかん)するかあるいは機能障害をおこすことによって、この逸脱可能性が発現して逸脱行動を引き起こすと考えられていた。
これに対して、逸脱主体の側に逸脱行動を説明する理由を求めるものとしては、古くは「生来(せいらい)性犯罪者」の理論などがあったが、その後は、一方では、逸脱主体が自己のうちにあるなんらかのフラストレーション(欲求不満)や緊張や葛藤(かっとう)を解決しようとすることが社会的規範に背反する結果となったためであるとみる、いわゆる緊張理論、役割葛藤論などとして、また、他方では、逸脱行動もその具体的パターンはどこかでだれかから学習した結果であることを強調する文化学習理論として展開された。後者の例としては、非行理論において、非行の原因は非行仲間との身近な接触によるとする文化的接触理論や、非行は犯罪的、攻撃的あるいは退行的な副次文化のいずれかに支持された役割行動だとみる非行副次文化論、あるいはまた、非行は機会構造のなかで合法的機会よりは非合法的機会により多く接触した結果であるとする機会構造論などがあげられる。
逸脱行動への接近を社会統制の側から行うものに、統制の弛緩ではなく、統制の強化が逸脱を誘発するとみる見方がある。古くはデュルケームの犯罪論においてもみられたが、1960年代から1970年代に主張されたベッカーHoward Saul Becker(1928―2023)らのラベリング理論labelling theoryにおいては、統制側のサンクション(制裁)がないならば、そもそも逸脱現象はないと考えられており、「逸脱とは、ある人がコミットした行動の性質ではなく、むしろ他人によって規則とサンクションがその違反者に適用された結果であり、逸脱者とは、ラベルがうまく適用されてしまった人を意味し、逸脱行動とは、人々が逸脱であるとラベルを貼(は)り付けた行動のこと」とされる。逸脱者にラベルを貼るとき、各人が暗黙のうちに用いる解釈ルールや状況的な意味の構成、逸脱者との複雑な駆け引きなど、統制側が逸脱形成に寄与する側面をも重視するのである。1980年代以降、ラベリング理論に対して、シンボリック相互作用論やシステム論が取り入れられた、社会的相互作用論が主張されてきている。社会生活を、意味に基づいて構成される世界ととらえ、他者との社会的相互作用を通じて決まるものであるとして、社会生活を貫いている一連の社会過程と関連づけながら逸脱現象を把握しようとするのである。
[渡邊益男]
類型
逸脱行動を包括的にとらえ、逸脱についての一般理論を展開する試みも従来多くみられた。それには、個人的逸脱と社会的(集団的)逸脱に分類する単純なものから、個人的逸脱、状況的逸脱、体系的逸脱に分類するもの、また、逸脱自体の発展に着目して、第一次的逸脱(初期の逸脱行動)と第二次的逸脱(中期ないし後期の逸脱行動)を区分し、前者から後者への移行過程を問題にするものなどがある。わけても、文化的目標と制度的手段という社会的・文化的構造の要素に対する個人の適応様式の類型として、同調型、革新型、儀礼主義型、逃避型、反抗型をあげ、同調型以外を逸脱行動の4類型とみるマートンの理論は著名である。パーソンズもまた逸脱行為に関する一般理論を構成し、同調優位―離反優位、および能動性―受動性の二つの軸の組合せによって、強迫的執行志向、強迫的黙従、反抗、撤退の4類型を設定し、さらに、それぞれは、社会的客体―規範のどちらに焦点づけられるかによって二分されるとして、支配、強迫的実施、服従、完全主義的遵守、社会的客体に対する攻撃、矯正不能、強迫的自立、逃避の合計8の逸脱タイプを類別している。
ところで、社会的規範の奥にある価値領域はきわめて複雑たらざるをえないが、社会学者であり宗教学者でもある大村英昭(えいしょう)(1942―2015)らによれば、パーソンズの行為の一般理論に基づくパターン変数のうちの二つ、すなわち、個別主義―普遍主義、業績本位―所属本位を軸として構成される4領域(象限)に類別でき、それぞれ忠節性、信頼性(または能力性)、道徳性、合法性に相当するとされる。この4領域は、先のパーソンズの逸脱行為の4類型の類別と同様に、同調優位―離反優位、能動性―受動性の2軸で細分割すると、合計16の逸脱タイプが区別されるという。離反優位の場合はいうまでもないが、同調優位の場合も、ある適正な許容範囲を越えて過同調となれば、やはり逸脱であるわけで、機能主義的な理論を総合化した逸脱行動の分析、説明の例として注目に値する。
[渡邊益男]
機能と課題
機能主義的理論の示すとおり逸脱行動の規定の裏には諸価値の体系があり、しかも諸価値の体系的次元ごとに、また、各次元内の各価値領域ごとに、時代と社会によって相対的に異なる、ある適正な範囲としての道徳的意味空間の存在が前提とされており、その境界線は流動的である。逸脱行動は、その道徳的意味空間を社会のうちに内在化させるばかりでなく、それを対自化させ、場合によっては社会における繁文縟礼(はんぶんじょくれい)を打破せしめ、逸脱主体に対しても欲求を充足せしめるのみでなく、自我の対自化を行わしめる、という諸機能をもっている。それゆえ、逸脱現象を社会の平常な一要因とみる機能主義的解釈もあるわけである。
しかし、今日の人間と社会の危機的状況にかんがみるとき、逸脱行動はとりわけ価値にかかわる領域であるからには、人間学的視点からの従前の理論の修正、発展も重要であろう。たとえば、機能主義的追究に即してであっても、パターン変数自体の意味の慎重な吟味と、これによって構成される次元の立体化が図られる必要があろう。
さらに、これまでの機能主義的理論に加えて、諸個人のみならず社会についても、その構造的把握に際して深層(低層と高層)を取り込みつつ、全体的、歴史的過程のうちに人間的、動態的な把握を可能とする、弁証法的理性の要請に従った逸脱行動論も必要といえる。また、現代では構造主義、ポスト構造主義の思想をふまえたブルデューPierre Bourdieu(1930―2002)やギデンズAnthony Giddens(1938― )などの主張する新しい社会学であるreflexive sociology(反省的社会学。または再帰的社会学)の方法を適用した逸脱行動論も必要となろう。
[渡邊益男]
『A・K・コーヘン著、宮沢洋子訳『逸脱と統制』(1968・至誠堂)』▽『T・パーソンズ著、佐藤勉訳『社会体系論』(1974・青木書店)』▽『大村英昭・宝月誠著『逸脱の社会学』(1979・新曜社)』▽『宝月誠著『逸脱論の研究――レイベリング論から社会的相互作用論へ』(1990・恒星社厚生閣)』