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メディナ メディナ Medina

翻訳|Medina

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デジタル大辞泉の解説

メディナ(Medina)

メジナ

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百科事典マイペディアの解説

メディナ

サウジアラビア西部の都市。アラビア語ではマディーナal-Madina。水の豊富な土地で農業地帯の中心。メッカの北方350kmにあり,古くからヒジャーズ地方の交易の要地であった。
→関連項目アラビア半島

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世界大百科事典 第2版の解説

メディナ【Medina】

アラビア半島の西側にある都市。メッカとともに,イスラムの〈二聖都〉と称される。アラビア語でマディーナal‐Madīnaといい,預言者の町Madīna al‐Nabīの略。人口29万(1980)。預言者ムハンマドが没した地で,現在でも彼の墓廟がある。その墓廟は預言者のモスク呼ばれる豪壮な建造物の一隅にあり,モスク自体は生前のムハンマドの住居兼モスクの位置にあたる。 市街は南から北に向かう緩い斜面をなす平原のなかにあり,平原の東西は溶岩台地で区切られ,北は山並みによって区切られている。

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大辞林 第三版の解説

メディナ【Medina】

メジナ

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世界の観光地名がわかる事典の解説

メディナ【メディナ】
Medina

モロッコの北東部テトゥアン州ジブラルタル海峡に面する旧市街で、イスラム教の聖地。モロッコアンダルシアスペイン)を結ぶ中継地として古くから栄え、外敵からの進入を防ぐために周りを頑丈な石の外壁で囲んでいる。入り口には、1913年に建設された美しいタイル装飾ブージュルード門があり、中に入ると細くて狭い道が複雑な迷路のように走っている。17世紀に建設された王宮はイスラム文化にスペイン様式を組み込んだもので、スペイン・ムーア様式と呼ばれ、中心部にはマドラサと呼ばれるイスラムの神学校やモスク、キャラバンサライ(隊商宿)、ハンマンム(公衆浴場)、市場(マーケット)などがある。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

メディナ
メディナ

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

メディナ
めでぃな
Medina

サウジアラビア北西部の宗教都市メッカの北約340キロメートルに位置する。人口84万3000(2003推計)。古くはヤスリブYathribとよばれたオアシス農業地で、交通の便もよくユダヤ人も多く居住していた。622年、ムハンマド(マホメット)がメッカの異教徒たちによる迫害を逃れてこの地に聖遷(ヒジュラ)してから、メッカに次ぐイスラム教第二の聖地となり発展した。メディナはアラビア語ではマディーナMadnahとよぶが、これは「預言者の町(マディーナ・アン・ナビー)」の略である。ムハンマドの没(632)後も初代カリフから第3代カリフまでは政権をここに置いた。市内には「預言者のモスク」とよばれるモスク(マスジッド)があり、その一隅にムハンマドの墓廟(ぼびょう)がある。メッカへの巡礼の前後、巡礼者はかならずメディナ参りをする。メッカ同様、非イスラム教徒は立ち入り禁止だが、メッカと異なり平地に位置するため遠景は望める。周辺はナツメヤシの大産地である。[片倉もとこ]

歴史

メディナの古名ヤスリブは、2世紀のプトレマイオスの地図や、古代南アラビアの碑文に現れ、町の起源は古くさかのぼることは想定できる。しかし、その歴史が明らかになるのは6世紀末からである。その時期、メディナには、かつて南アラビアから移動してきたアラブと意識する人々と、ユダヤ教徒と意識する人々がいた。前者は内戦を繰り返し、622年、イスラムを受け入れ、預言者ムハンマドを迎えることによって内戦を終結した。以後メディナのアラブはムハンマドの下にまとまり、ユダヤ教徒を追い、外部のイスラム教徒を受け入れて発展した。
 ムハンマド没後も、メディナは正統カリフの政治の根拠地で、ここからの指令でイスラム教徒は広大な地域を征服、支配した。ウマイヤ朝以後、政治の中心はアラビアを離れたが、メディナはメッカとともにイスラムの二聖都としての地位を保った。またイスラムの学問の中心地の一つとしての地位も長く保った。1924年以後は、メッカとともにサウジアラビア王国の領土に組み込まれている。[後藤 明]

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世界大百科事典内のメディナの言及

【ムハンマド】より

…それゆえ,彼と信徒への迫害は急速に厳しくなっていった。 622年,ムハンマドと70余名の信徒とその家族がメッカを棄て,メディナに移住した。彼は移住から死までの11年余りの期間に,メディナを中心とする教団国家を建設した。…

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