メルボルン(英語表記)Melbourne

翻訳|Melbourne

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

メルボルン
Melbourne

アメリカ合衆国,フロリダ州中部インディアンリバー (潟湖) と大西洋の間にある都市。 1893年フロリダ東岸鉄道が通じるまでは沿岸汽船がおもな交通機関であった。ヨット,釣りなどのスポーツ,柑橘類グラジオラスの栽培,牧牛などが初期の産業であったが,1950年以後ケープカナベラルに宇宙飛行基地がつくられてから,宇宙飛行関係の工業が発達。東岸に第四紀の動物化石を豊富に含む地層がある。人口5万 9646 (1990) 。

メルボルン
Melbourne

オーストラリア,ビクトリア州州都同国第2の都市。州南部に位置し,シドニーと並ぶ同国の経済,文化の中心。ポートフィリップ湾頭,ヤラ川の河口に近い都心部を中心に,おもに北,東,南に広がっている。 1835年に白人による入植が開始され,37年にメルボルンと命名されて町の建設が始り,50年にビクトリア植民地がニューサウスウェールズから分離して成立した際首都となった。 51年からのバララトなど各地での金鉱発見やその後の農牧開拓の進展により発展。 19世紀後半にはシドニーをしのぐ同国第1の都市であった。同州の人口,商業,金融,工業などが著しく集中,中心部には官庁,企業のオフィス,商店街が集中し,州議会議事堂,歴史的な教会,図書館,美術館,博物館,メルボルン大学 (1853) など3つの大学,ビクトリア芸術センターなど,歴史的建造物や文化施設がある。工場地区は都心部の南の港湾地区から西に広がっており,自動車,ゴム,繊維などの工業のほか,アルトナ石油化学コンビナートなどが知られる。国際空港があり,1956年オリンピックの開催地。人口 321万 8100 (1995推計) 。

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デジタル大辞泉の解説

メルボルン(Melbourne)

オーストラリア南東部、ビクトリア州の州都。シドニーとともに同国の経済・交通・文化の中心。ポートフィリップ湾の湾奥、ヤラ川下流部に位置する。1901年から1927年の間は、オーストラリア連邦の臨時首都となった。人口、行政区389万(2008)。

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百科事典マイペディアの解説

メルボルン

オーストラリア南東部,ビクトリア州の州都。ポート・フィリップ湾奥の良港で,羊毛,食肉,金を輸出する。機械,毛織物,食品工業が行われる。大学,美術館,植物園など文化施設も整い,1956年には第16回オリンピック大会が開催された。シドニーに次ぐ,同国第2の都市。1835年流刑植民地として創設され,1901年―1927年は同国の首都であった。399万9982人(2011)。
→関連項目バララトメルボルンオリンピック(1956年)

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デジタル大辞泉プラスの解説

メルボルン

《Melbourne》オーストラリア海軍の航空母艦。建造中断となっていたイギリス海軍のマジェスティック級航空母艦「マジェスティック」をオーストラリアが買い取り、竣工させたもの。1955年、オーストラリア海軍旗艦として就役。1982年退役。

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世界大百科事典 第2版の解説

メルボルン【Melbourne】

オーストラリア南東部,ビクトリア州の州都。人口322万(1995)。シドニーに次いでこの国第2位。平均気温は最暖月(1月)19.9℃,最寒月(7月)9.6℃,年降水量は691mm。市街地はポート・フィリップ湾の湾頭に注ぐヤラ川下流部に位置する都心部を中心に52の地方自治体にまたがって広がり,市街地面積は東京特別区部の約2.5倍に達する。メルボルンの歴史は1835年の私的入植に始まり,42年に自治体(町),47年に市となった。

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大辞林 第三版の解説

メルボルン【Melbourne】

オーストラリア南東部にある港湾都市。ビクトリア州の州都。羊毛・食肉・小麦などを輸出。自動車・機械・化学などの工業も発達。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

メルボルン
めるぼるん
Melbourne

オーストラリア南東部、ビクトリア州の州都。シドニーに次ぐ同国第二の都市。大都市としてのメルボルンの範囲は一定していないが、統計局の定義による面積7693.7平方キロメートル、市街地人口は336万6542(2001)。この市街地は、ポート・フィリップ湾の湾奥に注ぐヤラ川下流部に位置する都心部(狭義のメルボルン市)を中心に、52の地方自治体の全域あるいは一部にまたがって広がる。さらに社会・経済統計用の統計地区として、56の地方自治体を包含する広義のメルボルン都市圏をさすことも多い。基本的な行政サービスは各地方自治体が行うが、都市計画、都市交通、上下水道など都市運営事業の多くは、それぞれの事業主体あるいは州政府機関によって広域的に行われる。気候は西岸海洋性気候(Cfb)で、平均気温は最暖月(2月)が20.8℃、最寒月(7月)が10.3℃、年降水量は659ミリメートルである。オーストラリア大陸の五大都市のなかではもっとも冷涼で晴天日数が少ない。[谷内 達]

産業・文化

シドニーと並ぶオーストラリアの産業、交通、文化の中心地であり、同国の代表的な工業・港湾都市である。商工業、金融関係の従事者数は州の8割以上を占める。工業の従事者数と生産額は全国の4分の1以上に達し、シドニーと1、2位を争う規模で、とくに繊維・衣料品、自動車、機械、化学に特色がある。港湾は都心部付近から下流のヤラ川沿岸とポート・フィリップ湾岸にあり、州の海外輸出入額の9割近くを取り扱う。とくに海外輸入額ではシドニーに次いで同国第2位で、全国の約3割を占める。市街地の北西部にあるメルボルン(タラマリン)空港はシドニーに次ぐ同国第二の国際空港である。文化施設としては、美術館とコンサートホールなどの機能を備えたビクトリア芸術センター(1968開館)をはじめ、博物館、図書館などが整っている。またメルボルン大学(1853創立)、モナシュ大学(1961創立)、ラトローブ大学(1967創立)ほか多くの高等教育機関がある。[谷内 達]

市街

都心部では、最初に建設された幅半マイル、長さ1マイル(1マイルは約1.6キロメートル)の区域を中心に、オフィス、商店が集中しており、古い建物や路面電車にみられる伝統的な面と高層ビルの並ぶ現代的な面とをあわせもっている。都心部の周辺には王立植物園など多くの公園や、1956年のオリンピックの主会場となったクリケット場、メルボルン・カップで知られるフレミントン競馬場などがある。郊外住宅地は主として東・南東方向に広がり、鉄道・バス路線網が放射状に延びている。[谷内 達]

歴史

メルボルンの歴史は1835年のバットマンJohn Batman(1800―40)による私的入植に始まるが、37年に公的に入植地となり、当時のイギリス首相の名にちなんで命名された。1842年に自治体(町)となり、47年に市となった。1850年代のゴールド・ラッシュ以降、羊毛輸出やビクトリア植民地の保護関税政策による工業化を背景に、19世紀後半にはオーストラリア第一の都市として成長した。連邦結成当初の1901~27年には連邦首都であった。[谷内 達]

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