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モハンマド・レザー・パフラビー Moḥammad Reḍā Pahlavī

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世界大百科事典 第2版の解説

モハンマド・レザー・パフラビー【Moḥammad Reḍā Pahlavī】

1919‐80
パフラビー朝の最後の国王。在位1941‐79年。日本では,しばしばパーレビと記される。レザー・シャー・パフラビー皇太子で,第2次世界大戦下に父王が退位を余儀なくされ,これに代わって即位。大戦中,およびその直後からアメリカの圧力が強まるとともに,ソ連はイラン民主主義闘争を支持して,イランは政治危機を迎えたが,国王はアメリカに強く結びついた。アメリカの後押しで国王権力は強化された。51年,モサッデク首相が石油国有化を行い国民の権利意識が高まると,53年にかけて国王とモサッデク首相との政治的対抗関係が激化した。

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All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

世界大百科事典内のモハンマド・レザー・パフラビーの言及

【イラン】より

…それはイランをめぐる英ソの勢力均衡を巧みに利用したものであった。 第2次大戦後,モハンマド・レザー・パフラビーは,イランをめぐる冷戦体制のもとで,アメリカとの結びつきを強め,イランの近代国家への脱皮が主権国家への道であることを旗印に,1963年以降白色革命とよばれる上からの強引な〈近代化〉政策を推進する。70年代以降は,増大する石油収入に自信を深め,国王主導型路線を邁進し,これを保証するサバクSAVAKをはじめとする膨大な抑圧機構をつくりあげる。…

【イラン革命】より

…その課題と目標はイスラム革命enqelāb‐e Islāmīとして表明された。イランが米ソ冷戦の焦点となって以来,国王モハンマド・レザー・パフラビーはアメリカに支えられ,国内の民主主義を抑圧してきた。1953年モサッデク打倒後,国王は軍と治安警察を強化して独裁機構を確立し,63年農地改革,国営工場の民間払下げ,企業利潤の労働者への分配,婦人参政権,文盲撲滅などの目標を掲げた白色革命の発足とともに,上からの改革を強権でもって進めようとした。…

※「モハンマド・レザー・パフラビー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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