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モンペリエ Montpellier

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

モンペリエ
Montpellier

フランス南部,エロー県県都ニームの南西約 50km,ラングドック地方の海岸平野に位置する行政,文教の中心都市。起源は8世紀頃といわれ,12世紀にはすでに医学校,法律学校があり,13世紀には総合大学が設立されて,ラングドック地方の学問の中心地,商業都市として栄えた。 16~17世紀にはカトリックとカルバン両派の抗争などにより通商活動は衰退。ルイ 13世の時代に長年の宗教戦争に和平がもたらされ,以来この地方の行政の中心地として発展。豊かな果樹栽培地帯にあり,ブドウ,リンゴ,さくらんぼう,モモなどが栽培され,古くからそれらの加工,集散が行われている。電機,電子,食品などの工業発達。都市計画による美しい町並みをもちベネディクト会修道院 (12世紀) ,大学 (13世紀) ,フランス最古の植物園 (16世紀) など中世の史跡が多い。ペルーの遊歩場 (17~18世紀) は市街を見渡す景勝地として知られる。国立高等農学校が所在。人口 25万2998(2008)。

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デジタル大辞泉の解説

モンペリエ(Montpellier)

フランス南部、エロー県の都市。同県の県都。ラングドック‐ルシヨン地方における行政・商業の中心地。ワイン、ブランデー集散地として知られ、工業も盛ん。13世紀創立の大学、フランス最古の植物園、近代フランス絵画の優れたコレクションを有するファーブル美術館があり、文化都市の一面もある。モンプリエ。

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百科事典マイペディアの解説

モンペリエ

フランス南部,エロー県の県都。地中海のリオン湾岸から10km,ラングドック地方の商業・文化の中心。電子機器,化学,食品工業が行われ,ブドウ酒,リキュールの集散地。
→関連項目モンペリエ大学

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デジタル大辞泉プラスの解説

モンペリエ

デサントが販売するスニーカー、ベビーシューズ。フランスのスポーツ用品ブランド「le coq sportif(ルコックスポルティフ)」の製品。

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世界大百科事典 第2版の解説

モンペリエ【Montpellier】

フランス南部,地中海沿岸,ラングドック地方の中心都市で,エロー県の県都。人口21万1000(1990)。司教座の所在地。アラゴン王領,マリョルカ(マヨルカ)王領を経て,1349年にフランス王領に併合された。16~17世紀,宗教戦争のおりにはユグノーの拠点となった。南フランスでは,一大知的中心地で,大学,控訴院,美術館,軍事行政学校,ブドウ酒醸造所などが著名。モンペリエ大学医学部(前身は医学校だがその起源は不明)は伝統がある。

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大辞林 第三版の解説

モンペリエ【Montpellier】

フランス南部の都市。かつては地中海に臨む港湾都市。ブドウの集散が盛ん。電気機器・食品などの工業が発達。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

モンペリエ
もんぺりえ
Montpellier

フランス南部、エロー県の県都。マルセイユの北西164キロメートル、レズ川河畔の丘陵上に位置する。人口22万5392(1999)。かつて地中海に臨む海港都市であったが、港は川の沖積作用でその機能を失った。行政・商業都市として発達しているが、とくにワイン、ブランデーの取引が重要である。また繊維、製鉄、化学、食料品に加えて、近年は電気、電子などの工業が盛んである。旧制度下では下ラングドック地方の中心都市で、1289年創立の大学や、フランス最古の植物園、ファーブル美術館、司教座教会サン・ピエール大聖堂などがあり、文化都市としての性格が強い。また、ラングドック地方の海岸の整備事業により、観光地としても発展している。実証主義哲学者コントの生誕地。[青木伸好]

歴史

オリエントとの地中海香料交易の拠点として開かれた町で、10世紀には、モンペリエとモンペリエレの双子町を形成し、マグロンヌ司教領に属した。13世紀初めにアラゴン王国に吸収されたが、14世紀にはフランス王国に編入された。1289年、ヨーロッパ最古の医学部をもつモンペリエ大学が創立され、大学都市として発展した。ここに学んだ者のなかに人文主義者ペトラルカ、政治家マザラン、また教授に医学・人文学者ラブレーの名をみることができる。1593年にフランス最初の植物園も開かれ、文化的環境に優れた都市となった。16世紀の宗教戦争時代にはユグノーの拠点となり、ナントの王令以降も激しく抵抗したが、1622年ルイ13世の国王軍に攻囲され屈した。その城壁は取り壊され、逆にパリの国王政府に直属する地方監察官アンタンダンの居住地として王政の地方拠点となった。[千葉治男]

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