コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

モートン モートン Morton, Charles

11件 の用語解説(モートンの意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

モートン
モートン
Morton, Charles

[生]1819
[没]1904
イギリスの興行師。 1852年最初のミュージック・ホールである「カンタベリー」を開設。その後多くのホールの経営にあたって成功し,ミュージック・ホールの父と称された。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

モートン
モートン
Morton, Jelly Roll

[生]1885.9.20. ルイジアナ,ガルフポート
[没]1941.7.10. ロサンゼルス
アメリカジャズピアニスト,作曲家,歌手。黒人と白人の混血で,10代後半からニューオーリンズ歓楽街ピアノを弾き,1926年には楽団「レッドホット・ペッパーズ」を率いて歴史的な録音を残した。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

モートン
モートン
Morton, John

[生]1420頃.ドーセット
[没]1500.10.12. ケントノール
イギリスの聖職者,政治家。枢機卿バラ戦争の時代からチューダー朝初期にかけてヘンリー6世エドワード4世ヘンリー7世に仕え,学識と才覚と英知とで知られ,国政の指導的立場にあった。 T.モアの『ユートピア』にも,その人物像が描かれている。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

モートン
モートン
Morton, Levi Parsons

[生]1824.5.16. バーモント,ショアハム
[没]1920.5.16. ニューヨーク,ラインベク
アメリカの銀行家,政治家。 1850年代までボストン,ニューヨークで雑貨商などを営んだが,63年モートン銀行を設立。 73~84年同行ロンドン支店はアメリカ政府の財務支局の役割を果した。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

モートン
モートン
Morton, Oliver Hazard Perry Throck

[生]1823.8.4. インディアナソールズベリー
[没]1877.1.1. インディアナ,インディアナポリス
アメリカの政治家。共和党の結成に参画し,1861年インディアナ州知事となり,64年再選された。南北戦争の間,南北境界州の「戦時知事」として連邦脱退派に対し断固とした態度をとった。 67~77年連邦上院議員をつとめ,共和党急進派のリーダーとして A.ジョンソン大統領の弾劾や黒人参政権を主張した。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

モートン
モートン
Morton, Samuel George

[生]1799.1.26. フィラデルフィア
[没]1851.5.15. フィラデルフィア
アメリカの解剖学者,人類学者。ペンシルバニアとエディンバラの両大学で医学を学び,1839年ペンシルバニア大学解剖学教授。医業に従事しながら古生物学,人類学を研究,ことに 30年以後のアメリカインディアンの頭蓋骨の収集は有名で,その単一人種説を主張した。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

モートン
モートン
Morton, Thomas

[生]1590頃
[没]1647頃.メーン
アメリカ植民地時代の初期入植者。 1624年ウォラストン会社の持主の一人としてマサチューセッツに渡り,現在のクインシーに植民。 26年同地をメリーマウントと命名し,その指導者となった。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

モートン
モートン
Morton, William Thomas Green

[生]1819.8.9. チャールトン
[没]1868.7.15. ニューヨーク
アメリカの歯科医。ボルティモア歯科医学校で歯科学を学び,1844年ボストンで開業。その頃 H.ウェルズが初めて笑気ガスを用いて無痛抜歯に成功したことを知り,麻酔に関心をもつようになった。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版の解説

モートン【Jelly Roll Morton】

1885‐1941
アメリカのジャズ初期の作曲家,ピアニスト。本名Ferdinand Joseph M.。ジェリーロールの愛称で親しまれる。ニューオーリンズの富裕なクレオールの家庭に育ったが,没落して紅灯街のピアニストとなり,のちシカゴ,ニューヨークでレッド・ホット・ペッパーズというコンボをもった。1926年ビクターに吹き込まれたレコードは,ジャズ史上の名作として知られる。ピアニストとしても幾多の吹込みを残したが,とくに38年,国会図書館の資料として吹き込まれたピアノを併用しての思い出ばなしは,録音の悪さにもかかわらず貴重なドキュメントとして残っており,それを資料とした書物《ミスター・ジェリー・ロール》(アラン・ロマックス著)もある。

モートン【William Thomas Green Morton】

1819‐68
アメリカの歯科医。マサチューセッツ州チャールトン生れ。ワシントン大学から医学の学位を受け,歯科を開業するかたわら,ハーバード大学に入り,ジャクソンCharles T.Jackson(1805‐80)からエーテル局所麻酔法を聞き,麻酔下での抜歯に成功,さらに全身麻酔法を考えた。エーテル麻酔がはじめて外科手術に応用されたのは1846年10月16日,ボストンのマサチューセッツ総合病院で,彼が考案した器具を使って外科医ワレンJ.C.Warrenが執刀した2例であるとされるが,その前年の1月には同じ場所で同学の先輩H.ウェルズが笑気ガス麻酔による抜歯の公開実験に失敗した例もあり,彼の指導教師のジャクソンも介在して麻酔法の優先権をめぐっての争いが永くつづき,3人はいずれも悲惨な末路をたどった。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

モートン
もーとん
William Thomas Green Morton
(1819―1868)

アメリカの歯科医。エーテル麻酔の成功で知られる。ボルティモア歯科医学校第1回卒業生として歯科医師となり、ボストンでH・ウェルズとともに診療所を開設した(ウェルズは事情があり、ハートフォードに移った)。ウェルズが笑気麻酔を公開したとき、モートンも同席、この結果は失敗に終わったが、モートンは親しい医師ジャクソンCharles T. Jackson(1805―1880)に笑気ガスの作り方を尋ねた。しかしジャクソンはより安全なエーテルを用いることを勧め、エーテル麻酔の研究を続けたモートンは、最初は塩酸エーテルを用いたが、1846年に硫酸エーテルにかえた。モートンはマサチューセッツ総合病院のウォーレンJ. C. Warren(1778―1856)に新しい麻酔剤の試用を説き、1846年10月16日に頸部腫瘍(けいぶしゅよう)の手術に応用し成功した。これによってエーテル麻酔法は医学会に広く認められ、当時のアメリカの外科医の第一人者ビゲローHenry J. Bigelow(1818―1890)がこれを推賞し、『ボストン医学雑誌』に掲載された。O・W・ホームズはこの知覚脱失法にanaesthesia(麻酔)の術語を与えた。モートンは麻酔の特許を得ようとしたり、議会にこの発見に対する報酬を求めたりしたが、いずれも成功せず失意のうちに死去した。[本間邦則]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内のモートンの言及

【医学】より

…もちろん,細菌学がその根拠を与えた後は,いっそう洗練された方法となり,急速に普及していった。麻酔については,アメリカの歯科医W.T.G.モートンがエーテルによる無痛抜歯に成功した1846年を麻酔法元年とする。外科に導入したのは,やはりアメリカ人のウォーレンJohn C.Warren(1778‐1856)で,やがてヨーロッパにも普及する。…

【手術】より

…一方それまで医学において遅れていたドイツのベルリンにもCollegium medicochirurgicumが設立され,ようやく医学の一分野としての外科の立場が認められるようになった。 19世紀に入って,アメリカのロングCrawford Williamson Long(1842),ウェルズHorace Wells(1844),W.T.G.モートン(1846)やイギリスのシンプソンJames Young Simpson(1847)らによる全身麻酔法,L.パスツール(1861)の腐敗現象は空気中の微生物によるという報告に基づいたI.P.ゼンメルワイス(1847),J.リスター(1867)らによる制腐消毒法,ベルクマンErnst von Bergmann(1886)やシンメルブッシュCurt Schimmelbusch(1889)による無菌法,エスマルヒJohann Friedrich August von Esmarch(1823‐1908)による駆血帯の使用は,その後の外科手術を飛躍的に進歩させることとなった。すなわち,ランゲンベックBernhard Rudolf Conrad von Langenbeck(1810‐87)の子宮全摘出術,ティールシュCarl Thiersch(1822‐95)の植皮術,フォルクマンRichard von Volkmann(1830‐89)の直腸癌手術,ビルロートTheodor Billroth(1829‐94)の胃切除術の成功例が報告されるようになった。…

【麻酔】より

…1799年デービーHumphry Davy(1778‐1829)は笑気(一酸化二窒素N2O)吸入の麻酔作用を発見,ロングCrawford Williamson Long(1815‐78)は1842年エーテル麻酔で頸部腫瘍摘出術を行った。歯科医W.T.G.モートンは46年10月16日マサチューセッツ総合病院臨床講堂でエーテル麻酔を供覧した。モートンが麻酔の父と呼ばれるゆえんである。…

※「モートン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

モートンの関連キーワードストックブリッジマサチューセッツ工科大学レノックスロックポートマサチューセッツマサチューセッツ州庁舎ホイラーSeven Sistersマサチューセッツ族マサチューセッツ養子法

今日のキーワード

大寒

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

続きを読む

コトバンク for iPhone

モートンの関連情報