モーラス(英語表記)Maurras, Charles

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

モーラス
Maurras, Charles

[生]1868.4.20. マルティーグ
[没]1952.11.16. ツール
フランスの作家,政治家。 1886年文学的野心をもってパリに出,モレアスとともに古典への復帰を目指す「ロマーヌ派」 école romaneを結成するが,その復古主義文学的なものから次第に政治的なものに移行。ドレフュス事件のさなかの 99年,王制復活を標榜する右翼政治団体「アクシオン・フランセーズ」を結成して,フランス言論界に大きな影響力をふるった。一貫して反共和主義の立場をとり,フランコ,ムッソリーニらのファシズムに好意を示して,ドイツ占領下のペタン政権を積極的に支持。 1944年夏のフランス解放後,対独協力の罪で終身禁錮刑に処せられ,その後病院に移されて死亡。旅行記『アンティネア』 Anthinéa (1901) ,評論『知性の未来』L'Avenir de l'intelligence (05) ,『わが政治的理念』 Mes Idées politiques (37) ,詩集内面の音楽』 La Musique intérieure (25) など。

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百科事典マイペディアの解説

モーラス

フランスの評論家。初め古典への復帰を唱える詩人,文芸批評家として活躍。ドレフュス事件を機に政治に関心を抱き,右翼団体アクシヨン・フランセーズを結成,その中心人物になる。大戦中ビシー体制に協力,戦犯として終身刑。政治評論《君主政治に関するアンケート》,文明批評《知性の未来》などを残した。
→関連項目ティボーデドーデ

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世界大百科事典 第2版の解説

モーラス【Charles Maurrus】

1868‐1952
フランスの思想家。〈ロマーヌ派〉の詩人として出発,評論集《アンティネア》(1900)に見られるように,古代ギリシアに普遍的美の極致と完璧な調和を見いだし,近代の思想,文学を否定した。こうした立場はドレフュス事件の経験を通じて,金に支配される近代社会への危機意識に支えられ,精神の復権を実現しうるユートピアとしての王政復古を希求するモナルシスムに転化し,1899年思想団体アクシヨン・フランセーズを創始した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

モーラス
もーらす
Charles Maurras
(1868―1952)

フランスの思想家。南仏マルチーグに生まれる。「ロマーヌ」派の詩人として出発、評論集『アンティネア』(1900)にみられるように、古代ギリシアに普遍的美の極致と完璧(かんぺき)な調和をみいだし、近代の思想・文学を否定した。こうした立場はドレフュス事件の経験を通じて、金に支配される近代社会への危機意識に支えられ、精神の復権を実現しうるユートピアとしての王政復古を希求するモナルシスムに転化し、1899年思想団体「アクシオン・フランセーズ」を創始した。『知性の未来』L'Avenir de l'intelligence(1905)や『君主政治に関するアンケート』(1909)にうかがわれるその思想は、1900年代から1930年代にかけてのフランスの青春に大きな影響を与え、右翼の精神的支柱であった。第二次世界大戦中ビシー政権に協力したため、フランス解放後、終身禁錮に処せられ、1938年以来占めていたアカデミー・フランセーズ会員の座からも追われた。作品としてはほかに評論『ベネチアの恋人たち』(1902)、詩集『内面の音楽』(1925)、『わが政治思想』(1937)などがある。

[渡辺一民]

『後藤敏雄訳『ヴェネチアの恋人たち――ジョルジュ・サンドとミュッセ』(1972・弥生書房)』

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世界大百科事典内のモーラスの言及

【アクシヨン・フランセーズ】より

ドレフュス事件をきっかけとして組織されたフランスの国粋主義的政治団体,およびその機関紙名。1899年にモーラスら反ドレフュス派の知識人を中心に結成され,まもなく王政復古を旗印とした。カムロ・デュ・ロアCamelots du roiという行動隊をもち,ユダヤ人,プロテスタント,フリーメーソン,社会主義者を“異国人”として排撃した。…

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