コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

ヤングハズバンド ヤングハズバンド Younghusband, Sir Francis Edward

4件 の用語解説(ヤングハズバンドの意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ヤングハズバンド
ヤングハズバンド
Younghusband, Sir Francis Edward

[生]1863.5.31. ムレー
[没]1942.7.31. ドーセット
インド生れのイギリスの探検家,軍人。本国の士官学校卒業後,インドに在勤。 1886~87年満州 (現在の中国東北地方) からモンゴル,新疆を経て,カラコルムを横断する大探検を行なった。 89年シムラの外務局からフンザに派遣され,パミール地区でロシアの工作を内偵した。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

ヤングハズバンド

英国の軍人,探検家。インドで生まれ,満州,モンゴル,新疆,カシミールを探検。1903年武装使節団の隊長としてチベットに向かい,1904年ダライ・ラマと条約を締結,外交上の優位を確立。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

世界大百科事典 第2版の解説

ヤングハズバンド【Francis Edward Younghusband】

1863‐1942
イギリスの軍人,探検家。インド勤務の軍人の家庭に育ち,イギリスで教育を受け,陸軍士官学校卒業後,1882年インドへ赴任した。86‐88年,満州,モンゴル,新疆を踏査。1903‐04年,チベットに対するロシアの影響力を排除してイギリスの優位を確保するため,軍を率いてラサに進駐し,ここにイギリス代表部を常駐させる端緒を開いた。主著に《India and Tibet》(1910)がある。【若松 寛】

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ヤングハズバンド
やんぐはずばんど
Sir Francis Edward Younghusband
(1863―1942)

イギリスの軍人、探検家、宗教家。陸軍少将の次男としてインドに生まれる。イギリスで教育を受け、陸軍士官学校を卒業、軍人として1882年インドに赴任した。その在任中に満州(中国東北)、蒙古(もうこ)(モンゴル)、新疆(しんきょう)省、ヒマラヤ山脈経由の探検を敢行し、以降イギリスのインド経営の辺境への拡大に功績があった。とくに、1903~1904年チベットのラサに軍を率いて侵入、征圧しラサ条約を締結したことは、この地におけるイギリスの優位を確立するものであった。イギリスに帰国ののちは、王立地理学会会長やエベレスト委員会議長などの名誉職を歴任した。晩年には神秘的、哲学的な活動、著作にも手を染めた。故国のドーセット県で没す。[堀 直]
『石一郎訳『カラコルムを越えて』(1981・白水社)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内のヤングハズバンドの言及

【エベレスト[山]】より

…また,アルパイン・クラブ(イギリス山岳会)会長だったデントは〈エベレストは登りうるか〉という文章を92年に発表している。ブルース,ヤングハズバンド,インド総督カーゾン,チベットへ密入国したノエル大尉など多くのイギリス人が政治,外交,軍事などさまざまな立場でエベレストにかかわった。1907年アルパイン・クラブ創立50周年記念事業にエベレスト登山が企画され,具体的な動きが始まった。…

【チベット・インド条約】より

…イギリスはシッキム条約(1890)によりチベット進出へ足がかりを得たが,チベット側の強硬な姿勢で条約は円滑に運用されず,一方ロシアも盛んにチベットへ接近を試みていた。このような状況に対しイギリス(とくにインド政庁)は危機感を深め,ヤングハズバンドを送りラサへ進軍させた。この結果1904年チベット側とチベット・インド条約を結び,チベットをその勢力範囲に組み込んだ。…

※「ヤングハズバンド」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

ヤングハズバンドの関連キーワードクッククライブピゴットブリンクリー兵卒プルジェバリスキー在日米軍の軍属ジェンキンスドーグラスパチソン

今日のキーワード

大寒

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

続きを読む

コトバンク for iPhone