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ラタキア Latakia

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ラタキア
Latakia

アラビア語でラーディキーヤ Al-Lādhiqīyah。シリア北西部の同名の県の県都地中海に突出したジャーラ岬にある港湾都市。背後に豊かな農耕地を控えたシリアの主要港で,オリーブ,タバコ,穀物の集散地であるとともに,これらの農産物や,植物油,アスファルト,陶器などを輸出する。紡績,植物油製造,カイメン採取加工などが主要工業である。アレッポトリポリベイルートと道路で連絡している。フェニキア時代からの遺跡があり,その名称は前4世紀のセレウコス1世の母にちなんでつけられたラオデイケアから出ている。地震が多いため,古代の建造物で残存しているものは,ローマの凱旋門,コリント式のバッカス神殿の列柱などにすぎない。人口 28万 4000 (1992推計) 。

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デジタル大辞泉の解説

ラタキア(Latakia)

シリア北西部、地中海に臨む港湾都市。フェニキア人が建設、ローマ時代に発展。現在はタバコ・綿花・オリーブなどを輸出。

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百科事典マイペディアの解説

ラタキア

シリア西部,地中海岸の港市。アラビア語ではラージキーヤ。地中海岸ではシリア最大の貿易港であり,タバコの輸出で知られる。アルファベットの粘土板が出土したウガリトラス・シャムラ)は市の北部にある。

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世界大百科事典 第2版の解説

ラタキア【Latakia】

シリア西部,地中海沿岸の都市,同名県の県都。アラビア語ではラージキーヤal‐Lādhiqīya。人口30万3000(1994)。町の起源は古代フェニキア時代にさかのぼり,前327年,セレウコス1世によって都市建設が行われ,ラオディケアLaodiceaと名づけられた。以後,シリア地方有数の港として繁栄する一方,諸勢力の攻防の地となり,町の破壊も激しかった。とくに十字軍時代は,十字軍とイスラム軍双方が町の支配をめぐって争ったが,平和が回復すると東西貿易の中継地としてにぎわった。

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大辞林 第三版の解説

ラタキア【Latakia】

シリア西部、地中海に面する港湾都市。ローマ時代以来の史跡に富む。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ラタキア
らたきあ
Latakia

シリア西部、地中海沿岸の港湾都市。ダマスカスの北北西230キロメートル、キプロス島の対岸に位置する。人口41万7100(2003推計)。同国最大の貿易港で、「ラタキア」という名で世界的に知られるたばこや、綿花、繭、穀類、オリーブ、イチジクなどがここから輸出される。古代フェニキア時代に建設され、ローマ帝国時代にはぶどう酒の輸出港として知られた。十字軍時代には十字軍とイスラム軍が町の支配を争った。[原 隆一]

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