改訂新版 世界大百科事典 「リスクマネジメント」の意味・わかりやすい解説
リスク・マネジメント
risk management
行動の結果を確実に予測できない状態,あるいは行動に伴って不測の結果が発生する可能性がある状態をリスク(危険)という。リスクには,起こりうる結果とその確率がわかっている状態から,確率が客観的にわからない状態,そしてどのような結果が生じうるかさえまったくわからない状態まで,さまざまの程度がある。個人にせよ組織(企業,政府など)にせよ,ある行動を実行するに際して,事前にリスクの状態を評価し,最善の対策を講ずるとともに,事後的に好ましくない結果が生じたときに適切な処置をとる,一連の計画・統制の過程をリスク・マネジメントという。不確実な環境のもとで,安定した生活を追求する個人の努力や安定的な業績を目指す企業の経営努力の本質は,まさにリスク・マネジメントそのものである。危機管理,状況適応計画contingency planningなども含めて,リスク・マネジメントは広範にわたるが,狭義には経済的な損失を最小限にとどめるための保険管理を指すこともある。
結果の面からみてリスクは,火災や事故のように損失のみが問題になる純粋pureリスク,株式投資や企業の業績のように利益も損失もありその変動が問題になる投機的speculativeリスクとに大別される。原因の観点からは,多数の行動に対して共通に働く要因にもとづく組織的systematicリスクと,個々の行動に固有の要因にもとづく非組織的unsystematicリスクとに分類される。また,問題・対象別には,カントリー・リスク,ビジネス・リスク,倒産リスク,貸倒れリスク,為替リスク,マリン・リスクなどの種類がある。
リスク対策の方法としては,分散(製品の多角化,多数証券への分散投資など),分担(合弁事業によるリスクの分割など),保険,リダンダンシーredundancy(故障時のための同一コンピューターの重複保有など),転嫁(為替の予約など)などが存在しているが,リスク回避の原理は,結合consolidationと特化specializationとに大別される。前者は,統計上の〈大数の法則〉にもとづき,多数のものを組み合わせて非組織的リスクを消去しようとするものである。そこで非組織的リスクは分散可能diversifiableリスクと呼ばれる。証券の分散投資,保険会社の事業は,これにもとづいている。ただし,景気変動,大きな天災,戦争のような組織的リスクはこの原理によって回避できないので,保険事業の対象にもなりえず,最終的には各個人がリスクを負担せざるをえない。そこで組織的リスクは分散不能undiversifiableリスクと呼ばれる。特化は,個人・組織によってリスクに対する態度・選好が異なるという事実にもとづくもので,リスクを回避しようとする者から,リスクを負担しようとする者へ一定の費用を支払ってリスクを転嫁することである。為替投機業者は,一方で結合原理によって為替変動における非組織的リスクの分散化を図りつつ,他方では大きな利益を期待して組織的リスクを甘受するのである。
企業においては,生産・在庫管理,販売・マーケティング管理,人事・労務管理,研究開発管理などさまざまの局面でリスク・マネジメントが行われているが,それらを集約する形で財務上のリスク・マネジメントが位置している。資本構成管理(倒産リスクの回避),運転資本管理(支払不能リスクの回避),信用管理(貸倒れリスクの回避),ポートフォリオ管理(証券投資リスクの回避),為替管理(為替リスクの回避)等々がその要素である。
執筆者:若杉 敬明
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報