組織体が、自己の保有する人的資源の効率的利用を図るために行う一連の計画的・体系的施策。類似する語として人事管理があるが、両者の区分および関係について、絶対的に支配力をもつ説があるわけではない。しかし多くの説は、両者を包括するものを広義の労務管理とし、人事管理を人的資源の直接利用に関する管理すなわち労働力管理とするとともに、これと並立する狭義の労務管理においては、文字どおりの組織資源すなわち労働力としての存在以外の人間の諸側面に焦点を置き、それらに関係する諸条件の改善によって人事管理を背後から有効にする諸施策を問題にする。ここでは、この意味の狭義の労務管理について、その内容を説明する。
労働力としての存在以外の人間的諸側面とは、(1)生物的存在として生活を営む人間の側面、(2)社会的存在として集団的相互作用をする人間の側面、および(3)主体的存在として意思決定をし自己主張する人間の側面の三者をいう。労務管理は、このような人間としての存在に不可欠な三つの側面について、組織体の側から諸施策を計画的・体系的に提供し、それによって組織目的に対する労働力の有効発揮を促進しようとするのである。したがって、労務管理の具体的内容は、これら三つの人間的側面に対応するものとなる。
第一の生物的存在としての人間に対する施策は、福利厚生と総称されるものである。そのねらいは、労働力の再生産と維持をよい生活条件によって促進することにある。具体的には、各種の法によって実施を強制されている法定福利厚生と、組織体がそれに上乗せして任意に実施する法定外福利厚生に大別される。法定福利厚生には、厚生年金保険、労災法定補償、労働者災害補償保険、健康保険、雇用保険、および船員保険にかかわる使用者(組織体)側の負担分がある。これらは、現在および将来の身体的健康を法的強制によって統一的に確保するとともに、万一それが労働災害等によって損なわれた際の補償を準備する性格をもっている。いわば人間存在の下限を確保するための施策とみなされる。したがって、その内容に組織体間の格差は存在しない。法定外福利厚生は、住宅(単身用、世帯用)、医療保険(医療施設、健康診断など)、生活支援(給食、購買施設、被服支給、通勤サービス、託児・保育施設、家族援護など)、経済的支援(低利貸付金、社内預金、育英制度など)、文化行事、体育・レクリエーション(施設、活動費支給、企画など)などを含んでいる。これらは、従業員とその家族の生活の充実を図り、身心ともに健康的な状況の実現を通じて労働の効率化に寄与しようとするものである。その内容と水準は、組織体により相違し、とくに規模別格差が大である。
第二の社会的存在としての人間に関する施策は、人間関係管理とよばれるものである。1920年代後半以降の人間関係論は、組織体における従業員の労働効率が、物的・生物的条件(例、照明や温度のような作業条件)よりも、彼ら自身の内的な心情的条件(例、愉快・不愉快のような心理的状態)によってより大きく左右されることを明らかにした。1950年代以降の行動科学は、動機づけや職務満足度という点から、このことをいっそう明確にした。人間関係管理は、このような知見に基づいて、従業員の健全な心情的条件の形成を通じて勤労意欲(モラール)の向上を図ろうとする施策である。具体的には、職場のコミュニケーションをよくするための職場懇談会、自己表現欲を満たすための提案制度、全体的コミュニケーションの手段としての社内報、上司と部下のコミュニケーションをよくするための面接制度、健全な心理状態をつくるための専門家によるカウンセリング制度などがある。全体として意思疎通が柱になっている点に特色がある。
第三の主体的存在としての人間に関する施策は、各種の参加である。参加は、一般従業員を組織体の意思決定に関与させ、彼らの主体的意思をそこに反映させることをいう。具体的には、従業員代表制度、労使経営協議会、目標管理制度、労働者重役制度、ジュニア・ボード(従業員代表による準取締役会)などがある。参加の意味を拡大して、従業員持株制、利潤分配制、経営成果分配制を含めることも少なくない。
[森本三男]
『山下昌美著『現代労務管理の再構築』(1994・白桃書房)』▽『島袋嘉昌編著『労務管理』(1984・中央経済社)』
経営は,金銭的資源,物的資源,人的資源などの多くの資源がそれぞれの機能を発揮することによって,維持発展される。これらの資源のなかでもとくに人的資源は重要である。この人的資源がその本来の機能を発揮しうるように環境条件を整備することが,労務管理の目的である。労務管理の内容としては,以下の諸項目があげられる。まず適性のある人材の採用から始まり,適職への配置,配置された職務を遂行しうる能力を開発するための教育,仕事の成果の公正な評価,評価にもとづく処遇すなわち賃金給与による処遇と昇進とである。このほか,職務割当てによる労働の負荷が生理学的にも適正であるよう,労働科学的アプローチも行われる。最近のME(マイクロエレクトロニクス)化の進展のもとで,精神衛生面からの対策も重要性を増してきている。職場での安全活動による災害の防止,人命の尊重も労務管理の永遠の課題である(〈労働安全衛生〉の項参照)。また働く人々の生活面の不安を除くために,住宅対策その他共済活動など一連の企業福祉活動も展開される。
いうまでもなく,以上のような施策のための労務費は経営体の生み出した付加価値の中から支払われることとなる。経営の将来の発展のための先行投資部分と,現在の従業員に対する労務費部分と,株主に対する利益配分部分など,付加価値の配分バランスの決定については,働く者の利益代表としての労働組合の意見が尊重される。団体交渉や労使協議会,苦情処理などの労使関係の処理も労務管理の重要な内容である。
現在および近未来の時点における労務管理の動向の特徴をあげれば以下のようになろう。
(1)経営体質の変化に適応する人材開発の重要性がいっそう高まる。技術革新の進展はいっそうその激しさを増すであろうが,さらに既存の固定的な業界の枠を越えた企業の多角化が進むであろう。このため経営は従来の伝統的企業体質を脱却し,新しい事業分野にふさわしい経営風土をつくりあげる必要に迫られる。新しい事業を担うにふさわしい思考様式,行動様式を身につけた人材の育成が,企業の多角化の成否を決定する。国際化の進展もまた,この多角化の一環とみなしてよいだろう。
(2)高齢化の問題に対する対策も緊急の課題である。技術革新はいっそう進展し,業務内容も多角化する一方で,これらの業務を担当する人々は高齢化し,変化に適応しにくくなるという困難なジレンマに日本の産業は直面する。高齢者を新しい環境条件にいかに適応させるか,そのための具体的方策が真剣に求められている。
(3)価値観の多様化の時代にふさわしい労務管理の原理の探求が必要である。経営は協同体であり,それは秩序をもった協同活動が求められる。一方,個人の自由を尊重する気風はいっそう強まることが予想される。全体と個との利害をいかに調整するか,大多数の人々の納得する原理を,労務管理のもろもろのシステムの中に具現化することが求められている。
→人事管理
執筆者:奥田 健二
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…職制秩序の職位と身分制秩序は,対応関係にあるとともに,義務教育(小学校)修了者は工員,中等教育(中学校,実業学校)修了者は初・中級職員,高等教育(専門学校,大学)修了者は上級職員に処遇するというように,両者は主として学歴によって格付けが決められていた(学歴別身分制)。工員と職員(社員)との身分差は,賃金額,賃金形態(たとえば,工員は日給,職員は月給など),福利厚生の利用など労務管理上の各領域における厳然たる格差として現れていた。こうした格差の存在に,身分制秩序と呼ばれるゆえんがある。…
※「労務管理」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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