コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

リトビノフ リトビノフ Litvinov, Maksim Maksimovich

4件 の用語解説(リトビノフの意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

リトビノフ
リトビノフ
Litvinov, Maksim Maksimovich

[生]1876.7.17. ポーランド,ビャリストク
[没]1951.12.31. ロシアモスクワ
ソ連の外交官。本名 Meir Walach。ユダヤ人中流階級の出身。 1898年ロシア社会民主労働党に加入。 1901年に投獄され,翌年脱獄,亡命。革命成功まで国外で活動。 19年帰国して外務人民委員部に参加,その後長期にわたって外交面で活躍。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉の解説

リトビノフ(Maksim Maksimovich Litvinov)

[1876~1951]ソ連の政治家。1930年に外務人民委員(外相)となり、近隣諸国との不可侵条約の締結、国際連盟への加盟など協調外交を推進。枢軸国に対しては集団安全保障を主張した。1939年、解任。

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

大辞林 第三版の解説

リトビノフ【Maksim Maksimovich Litvinov】

1876~1951) ソ連の政治家。1930年代、アメリカとの国交樹立、国際連盟加入、集団安全保障政策提唱など協調・平和外交を展開した。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

リトビノフ
りとびのふ
Максим Максимович Литвинов Maksim Maksimovich Litvinov
(1876―1951)

本名ワラフMeer Genoh Moissevich Vallah(英語ではMeyer Wallach)。ソ連の政治家。ロシア領ポーランドのベロストク(現ポーランドのビャウィストク)のユダヤ人の家庭に生まれる。父は製造販売業、のちに銀行員。実科学校を卒業後、帝政ロシアの軍隊に入る。1898年にロシア社会民主労働党に入党。1901年に逮捕され、1902年に脱獄、亡命。1917年の革命をイギリスで迎え、最初の駐英ソビエト大使に任命される。1918年に帰国。1921年に外務人民委員代理、1930年に外務人民委員(外相)となり、1934年に党中央委員に選ばれる。1939年に外務人民委員を解任されたが、1941年に独ソ戦勃発(ぼっぱつ)後、外務人民委員代理兼駐米大使として復帰。1943年以降外務人民委員代理専任。1946年8月に引退。アメリカ、イギリス、フランスなどとの関係の改善・強化に努める。1951年12月31日に死去。[中西 治]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

リトビノフの関連キーワード逆ポーランド記法ポーランド記法ポーランド回廊ポーランド統一労働者党ポーラータイローランド効果ポーランド国立放送交響楽団ポーランド室内管弦楽団オーランド[諸島]阪東宏

今日のキーワード

パラチオン、パラチオンメチル

パラチオンは無色で油状の液体、パラチオンメチルはコハク色の液体。ともに毒性が強く、有機リン系殺虫剤として使用された。50年代以降、稲の害虫被害を防ぐことが確認され、広く導入された。しかし、農民の中毒死...

続きを読む

コトバンク for iPhone

リトビノフの関連情報