中世フランスの詩人。生没年不詳。1245-80年ころに活躍。シャンパーニュ地方出身説もあるが確証はない。パリに住み,詩人であると同時に職業的吟遊楽人(ジョングルール)。ラテン文学やフランス文学の素養があり,聖人伝,宗教詩(《天国の道》など),ファブリオー,聖母奇跡劇(《テオフィルの奇跡劇》)など多くのジャンルを手がけ,とくに政治・社会風刺詩,抒情詩に優れた才を発揮。現存詩編は55編1万4000行に及ぶが,かなりの部分は貴族の注文により(いくつかの《挽歌》),あるいは彼らに売り込むために作られたと推定される。風刺詩ではパリ大学に地歩を築きつつあった托鉢修道会に対して大学の旧勢力の側を擁護,十字軍精神を称揚して,ときには王や教皇にも批判の矢を向ける。《不運の詩》と称せられる重要な詩群については,19世紀以来のロマン主義的批評は,そこに詩人の体験や個人的感情の吐露をみようとしたが,聴衆の前でしばしば作者以外の吟遊楽人によって朗唱された中世の詩が作者の感情を直接表現することはありえず,リュトブフの場合もある人間集団の最大公約数的感情の表白であり,その点でクルトア的(宮廷風)抒情詩と同質で,その負の世界を表現していた(春の喜びに対して冬の寂寥,愛の喜びに対して結婚生活の苦しみのテーマを対比させる)。しかし彼が歌った日常生活の労苦のテーマはより現実に近く,彼によって抒情詩は個性的な響きを発しはじめたと言え,後のビヨンに比較される。
執筆者:神沢 栄三
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
生没年不詳。13世紀フランスの詩人。シャンパーニュ地方出身で、パリ大学に学んだ。自身の貧困や結婚を歌った叙情詩、パリ大学紛争に関し、神学者で総長のギヨーム・ド・サン・タムールGuillaume de Saint-Amour(1202―72)を弁護し托鉢僧(たくはつそう)団を批判した風刺詩やファブリオーfabliau、聖者伝、宗教劇などレパートリーは広いが、作家としての内面的要求によるというよりは、むしろ、彼の保護者たちの気に入られるための、話題性に富んだジャーナリスティックな作品が多い。
[鷲田哲夫]
…古いものでは8世紀ごろ成立したイギリスの《ベーオウルフ》があり,北欧の〈エッダ〉と〈サガ〉,ドイツの《ニーベルンゲンの歌》などのゲルマン色の濃いものや,おそらくケルト系のアーサー王伝説群,それに,キリスト教徒の武勲詩の性格をもつフランスの《ローランの歌》,スペインの《わがシッドの歌》などが,いずれも12,13世紀ごろまでに成立する。抒情詩としては12世紀ごろから南仏で活動したトルバドゥールと呼ばれる詩人たちの恋愛歌や物語歌がジョングルールという芸人たちによって歌われ,北仏のトルベール,ドイツのミンネゼンガーなどに伝わって,貴族階級による優雅な宮廷抒情詩の流れを生むが,他方には舞踏歌,牧歌,お針歌などの形で奔放な生活感情を歌った民衆歌謡の流れがあり,これがリュトブフ(13世紀)の嘆き節を経て,中世最後の詩人といわれるフランソア・ビヨン(15世紀)につらなる。ほぼ同じ時期に最後の宮廷詩人シャルル・ドルレアンもいて,ともにバラードやロンドーといった定型詩の代表作を残した。…
※「リュトブフ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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