一般にゲルマン人の古文字体系を指すが,ルーンという語自体は本来〈秘密〉を意味した(ゴート語,古高ドイツ語rūna,古英語,古ノルド語(北欧語)rūn)。ルーン文字中多くが,成立当時すでに存在した他の文字体系から発していることは疑いないが,その厳密な起源をめぐっては,(1)ギリシア文字説,(2)ラテン(ローマ)文字説,(3)北イタリア(エトルリア)文字説,(4)北欧(デンマーク)発生説,などと専門家の見解は分かれている。おそらくこれら諸種の要素を取り入れて古代のゲルマン語(ゲルマン語派)の音韻体系に最適な文字体系として,紀元後ほどなく成立したものであろう。ルーン文字が形態的に直線的で鋭角的なのは,元来小刀など鋭利な道具を用いて木に刻まれたことによると考えられる(現代ゲルマン語の〈本〉を意味する単語,すなわち英語book,ドイツ語Buch,デンマーク語bogなどの形は,ルーン文字がブナbeech,Buche,bøgの木片に刻まれたことを示唆する)。
ルーン文字体系(最初の6字から〈フウスアルクFuthark〉とも称される)は,24字の〈古ルーン文字〉と,16字の〈新ルーン文字〉の2種に大別される(図参照)。
古ルーン文字はゲルマン共通の体系で,現在知られる最古の資料としては,ノルウェー・オップラン州エーブレ・スタブ出土の槍の穂先(2世紀後半。槍の名称と考えられるraunija〈試みる者〉の1語を伝える)とデンマークからの遺物8点(すべて3世紀)がある。古ルーン文字の晩期に当たる8世紀に,北欧で数種の新ルーン文字体系が出現した。音韻変化の結果,この時期のノルド語(北欧語)が音の数を大幅に増したにもかかわらず,それを表す文字数が24個から16個に減少した原因は未詳のままである。いずれにせよ,この減少の結果として1文字で複数の音が表されることが少なくなかった(たとえばtのルーン文字でt,d,nt,ndの子音を,uのルーン文字でo,w,y,öの母音をという風に)。新ルーン文字体系中デンマーク起源とされる古い1種は〈標準ルーン文字〉と呼ばれ,形態上は古ルーン文字とそれほど際だった相違を示していない。これに対してスウェーデンとノルウェーに一般的な〈短枝ルーン文字〉は各文字の中心的な要素である縦線以外の部分における簡略化を特徴とし,いわばルーン文字の草書体である。この簡略化が極端になされたものとして,10~11世紀スウェーデンの〈ヘルシンゲ・ルーン文字〉がある。
標準ルーン文字と簡略化された他の2種は同一地域に共に見いだされることも少なくなく,おそらく前者はあらたまった記念の碑文作成に,後者は日常的な使用にと,用途上の区別が推測される。いずれにしても,16字の体系は現実の言語音を正確に表すには不十分であったために,11世紀にデンマークで25字からなる〈付点ルーン文字〉がくふうされた(たとえばiのルーン文字の中央に点を付してe,kのルーン文字の上半分中央に点を加えてgの文字とした)。しかし,このルーン・アルファベット,またさらには28字からなる〈バルデマール・ルーン文字〉(1200年ころの〈スコーネ法〉皮革紙写本などの)にしても,実用性の点でラテン文字には匹敵しなかった。それでも北欧では,ルーン文字の知識はその後も絶えることがなかった(19世紀スウェーデンのダーラナ州エルブダーレンの〈ダール・ルーン〉のように)。
ルーン文字が刻された遺物は北欧を中心に,北はグリーンランドから南はギリシアまで,西はブリテン諸島から東はロシアまでと,古代から中世にかけてゲルマン諸族が足跡を印した地域全体に広く見いだされ,古ルーン文字による約170点を入れて4000余点が確認されている。ルーン文字を最も有名にしているのは石碑であるが,その建立の風習はまずデンマークで9世紀に始まり,次いでスウェーデンとノルウェーに広まって,現在数千基の石碑が知られている(スウェーデン2000余基,デンマーク200余基,ノルウェー50余基)。石碑はその硬い材料のために長く存続できた。一方,日常利用されたであろう,腐食しやすい材料に刻されたルーン文字は,その材料とともに早晩滅びる運命にあった。使用された材料としては,古ルーン文字による文を多く伝える金貨状装身具ブラクテアートや武具などの金属,動物の骨,自然の岩壁も含む岩石,板や棒状の木材がある。これらに鋭利な道具でルーン文字が刻まれ,あるいは彫られた(現代英語のwriteは〈書く〉の意味であるが,本来は他のゲルマン語中の同語源の語とともに〈刻みつける〉〈彫り込む〉〈搔きつける〉を意味したのである)。木材が日常的な材料であったことは,1950年代後半から60年代にかけてノルウェーのベルゲンで行われた中世市街区遺跡の発掘に際して出土した,ルーン文字を刻した約550点もの木片が証明している。13世紀末から半世紀の期間のものとされるこの資料は,名札,荷物の送状と受取状,商業文,公私の書簡,また恋文,呪い文,キリスト教祈禱文,メモ,落書そして文学的な韻文で,それは文字の使用として考えられるあらゆる用途を明らかにしている。私的な用途を代表するものは石碑で,そこでは〈ゴルム王がその妻チューレのためにこの記念碑を造った〉(デンマークのイェリング石碑第1号。935年ころ)のように,一般に死者の遺族がその名(そして自分自身の名)を後世に伝えることを望んだものである。11世紀には,とくに中部スウェーデン(ウップランド地方)に職業的なルーン彫刻家が出現し,単独で相当数の碑文を彫った(アースムンド・カーラソンAsmund Karason,フォートFot,バッレBalle,リーフステンLifsten,エーペルÖperが有名)。彼らは文字を彫るほか,巧みな装飾をも施す芸術家であった。様式史にとって重要なルーン石碑装飾は,竜・蛇のモティーフが多数を占め,それ以外には獣形や人面,トール神の槌や十字架,神話・伝説上の場面(たとえばミズガルズの大蛇を釣り上げているトール神,ファーブニル竜を倒す英雄シグルズ)が知られている。
ルーン刻文は,一部の碑文を別にすれば,すべての時期を通じて短い文章に終始している。用具の名称,所有者,製作者あるいは奉納者の名,墓碑銘の場合は〈この記念のしるしを壊す者は不断に色情によって苦しめられよ。不信実な死が彼に巡りあうべし。私は破滅を予言する〉(スウェーデンのビョルケトルプ石碑。7世紀)のような破壊者への呪詛(じゆそ),〈トールはこの記念碑を浄め給え〉(デンマークのビリング石碑。10~11世紀),〈キリストと聖ミカエルが彼の霊を助け給え〉(デンマークのティリセ石碑。12世紀)のように神の加護を祈るものが多い。ルーン文字の文を見る者に向かって解読や謎解きを挑む刻文も知られている。
最長文はスウェーデンのエステルイェートランド州レーク教会にある石碑(9世紀)で,短枝ルーン文字725個が識別されている。これは一部未解読の部分を残すが,死んだ息子をしのんで父親が建立した記念碑の文面で,東ゴートのテオドリック大王とも考えられる名を含む英雄伝説的な内容を示し,一部は韻文になっている。
ルーン刻文は一文化事象としてのほか,ゲルマン人の初期言語資料として貴重であり,また比較的長い文は,とくに同時代文献の乏しいバイキング時代の北欧の歴史と社会制度に光をあてていて重要である。
執筆者:菅原 邦城
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ルーン文字runesは、キリスト教化を受けるまで、ゲルマン系の民族の間で広く用いられていた表音文字で、そのアルファベットの最初の6文字をとってフサルクともよばれる。ルーン文字の起源については諸説があり、紀元前2世紀ごろアルプス地方に住んでいたゲルマンのある部族が、北エトルリア起源の北イタリア文字から借用したとする説が有力である。角張った折れ線型の文字で、初めは24字からなっていたが、配列順序はギリシア・ラテン文字とは著しく異なっている。
ルーンという名称は「神秘・秘密」などの意味も表し、各文字やその配列などには、魔術的な力があると考えられていた。したがって、呪術(じゅじゅつ)や種々の儀式に用いられ、日常の実用には普通使用されなかったようである。おもに3世紀以後の刻文に残り、ルーン文字を刻んだ武器、銀貨、石の十字架などが、北欧を中心にグリーンランドからギリシアや旧ユーゴスラビアに及ぶ広範な地域に発見されている。そのなかでよく知られているのは、スコットランド南部の村リズルRuthwellの教会に残る8世紀初めの石の十字架と、大英博物館に保存されている鯨のひげでつくられた手箱、いわゆる「フランク人の手箱」Franks casketである。
ルーン文字はその文字の数によって、24字のゲルマン型、28ないし33字のアングロ・フリジア型、16字のスカンジナビア型の3種に分かれる。これらはキリスト教化とともにラテン文字にかえられていくが、スカンジナビアの一部では17世紀ごろまで民間暦などに用いられていた。
[寺澤芳雄]
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古代ゲルマン民族が用いた文字。もとゴート族がギリシア文字,ラテン文字からつくり,イングランド,北欧にまで伝わったと考えられ,古くは2~3世紀にさかのぼる。特に北欧でノルマン時代の碑文が多く発見される。
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