デジタル大辞泉
「七曲」の意味・読み・例文・類語
出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例
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なな‐まがり【七曲】
- 〘 名詞 〙
- ① 道や坂などが幾重にも折れ曲がっていること。また、そのところ。つづらおり。羊腸。ななわた。
- [初出の実例]「七曲(ナナマガリ)とて岨(けはし)く細き路あり」(出典:太平記(14C後)八)
- ② 「ごひゃくはちじゅう(五百八十)七まがり」の略。
- [初出の実例]「七曲(ナナマガリ)の餠代夫も」(出典:浄瑠璃・難波丸金鶏(1759)三軒家貸座鋪)
なな‐わた【七曲】
- 〘 名詞 〙 =ななまがり(七曲)①
- [初出の実例]「ななわたにわだかまりたる玉の」(出典:枕草子(10C終)二四四)
出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報 | 凡例
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七曲
ななまがり
[現在地名]東区東桜一丁目
武平町通、駿河町の南二町余の辺りから東へ入る小路は、将監屋敷の南部を経て幾度も曲折し、西新町を横切り禅寺町の南部に至る。このような路形により七曲とよばれたが、両側とも武家屋敷の高塀や藪垣が続き、化物屋敷などとよばれた(尾張霊異記)。初めは東西の道筋を主体としたが(府城志、尾張志)、明治以降は将監屋敷を併せて南北の町筋となり、七曲町と改称された(明治十年名古屋明細図)。
七曲
ななまがり
[現在地名]金沢市長土塀二丁目
三社を冠する場合もあり、七曲りとも記す。曲折する通りを挟む両側町で、南は長土塀、西は村井靫負下屋敷地、北は三社弓ノ町に、東は長土塀・三社五十人町に接する。明治四年(一八七一)町立て。
七曲
ななまがり
[現在地名]和歌山市七曲り
東長町二丁目の西にあり、通りが鉤状に何度も屈折していたので名付けられた。「紀藩街官司秘鑑」に「浜之丁之内ヲ七まがりと唱」とみえ、古くは浜ノ丁(のち東長町一丁目)の小名であったが文政一三年(一八三〇)正式に町名となった(「御触書写」道成寺文書)。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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普及版 字通
「七曲」の読み・字形・画数・意味
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
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