日本大百科全書(ニッポニカ) 「三木成夫」の意味・わかりやすい解説
三木成夫
みきしげお
(1925―1987)
解剖学者、形態学者。香川県丸亀市生まれ。1951年(昭和26)東京大学医学部卒業。東京医科歯科大学助教授を経て、1973年東京芸術大学保健センターに移り、1979年より教授を務めた。東大では解剖学を専攻したが、人体を他の動物の体と比較する「比較解剖学」の手法を得意とした。とくに東京芸大に移ってからは独自の世界を展開し、狭い意味での科学を超えた、壮大な生命のロマンを論じるようになる。その主張は『内臓のはたらきとこどものこころ』(1982)、『胎児の世界』(1983)などで展開された。寡作であったが、死後、単行本未収録の原稿が次々と出版された。『生命形態の自然誌』(1989)、『海・呼吸・古代形象』(1992)、『人間生命の誕生』(1996)などがそれで、これらのテキストをもとに、活動の全貌をうかがい知ることができる。
東京芸大では「生物学」および「保健体育」の講義を担当した。集中講義として毎年5月に行われた「保健体育」では、子宮の中に響く胎音をスピーカーで教室全体に流して学生たちに聞かせた。そこでは生命誕生の奥深さが、胎児の世界を通して学生に伝えられた。講義の迫力は圧倒的で、最後には学生の側から拍手が沸き起こったという、伝説的な授業だった。保健体育が三木学のいわばエッセンスだったのに対し、一方の生物学は1年をかけて詳細に展開された。ともあれ、三木の授業は当時の芸大生に多大な影響を与え、卒業後活躍する多くのアーティストたちが、その思い出をしばしば口にしている。このように東大医学部で解剖学を学んだ三木が、芸術の世界に影響を及ぼしたことは、科学と芸術の関係をめぐる歴史のうえでも重要なことと考えられる。
三木の学問のキーワードは「生命記憶」である。生命が三十数億年をかけて進化してきた、その進化の歴史「生命記憶」が、いまのわれわれの身体にも刻まれているというのだ。とくに胎児の時期における成長に「生命記憶」がみられ、「個体発生は系統発生を繰り返す」ということば同様、身体における進化の「繰り返し」を知ることが三木の学問の本質であった。生命記憶は、進化の歴史上で、生物が生きてきた環境のなかでつくられてきた。それはまた、海や陸や、さらには宇宙のリズムを反映したものでもある。形態学者であった三木は「形の本質はリズムである」と考え、そのリズムの背後にある自然や宇宙のリズムと、人間の内的なリズムの呼応を探究した。
人間を、宇宙的な記憶をもった身体としてとらえた三木の学問は、細分化した科学の総合が求められるこれからの時代、さらに重要性を増すものと思われる。
[布施英利]
『『内臓のはたらきとこどものこころ』(1982・築地書館)』▽『『生命形態の自然誌』(1989・うぶすな書院)』▽『『海・呼吸・古代形象――生命記憶と回想』(1992・うぶすな書院)』▽『『人間生命の誕生』(1996・築地書館)』▽『『胎児の世界』(中公新書)』