自然誌(読み)しぜんし(その他表記)natural history

翻訳|natural history

改訂新版 世界大百科事典 「自然誌」の意味・わかりやすい解説

自然誌 (しぜんし)
natural history

自然の動物,植物,鉱物,また広くは天体気象地理や住民についても,網羅的に記載した編纂物を言い,〈博物誌〉とも呼ばれる。自然誌は〈自然について誌したもの〉という意味であるが,中国では誌を〈志〉とも書き,《漢書》以来〈天文志〉〈地理志〉〈食貨志〉などと呼ばれていた。〈自然史〉と訳されることもあるが,ここでのhistorystoryと同じ〈物語〉の意で,自然を歴史的に扱った自然史は18世紀までなかった。

 このように人類が獲得してきた知識を集大成することは,農業をはじめとする産業や医療さらに行政に有用なので,世界のどこでも文明が一くぎりついたところで成立し,次の時代へと伝えられた。古い時代には聖典英雄叙事詩がその役割を果たしたが,分類され体系づけられたものの最初として知られているのは,ローマ時代の大プリニウスの《博物誌》である。彼は古典古代の知識を集大成し,3万項目にのぼる自然誌を完成したのである。これは中世においても知識の源泉として広く普及した。イスラム圏では,10世紀末に〈純潔兄弟団イフワーン・アッサファー)〉と呼ばれる秘密結社の知識人集団が自然誌《純潔兄弟の学(ラサーイル・イフワーン・アッサファー)》を著したが,さらに膨大で影響力の大きかったのは11世紀のイブン・シーナーで,彼の自然誌は《治癒の書》と題された18巻の大著である。12世紀以後ヨーロッパでも自然誌への関心が高まり,プリニウスの抜粋本が多くつくられたほか,13世紀に入ってバーソロミューBartholomewの《事物の特性について》,ザクセンのアルノルトArnold von Sachsenの《自然の限界について》,カンタンプレのトマThomas de Cantimpréの《自然について》,バンサン・ド・ボーベの《自然の鏡》,アルベルトゥス・マグヌスの《被造物大全》など多くの自然誌を生んだ。この傾向はルネサンス時代にさらに進み,いわゆる〈地理上の発見〉によって珍しい動植物がヨーロッパにもたらされたうえ,印刷技術が進んだので各種の図譜が刊行され,ついに16世紀にゲスナーアルドロバンディによって正確で網羅的な自然誌が出された。これらの自然研究はそれまでの学問体系(自由七科)になかったもので,これを受けてF.ベーコンは技術誌を含めた自然誌を新しい学問体系の冒頭に位置づけた。ベーコン自身は膨大な自然誌の草稿を残したが個人では完成できず,その夢は18世紀フランスの《百科全書》で実現した。同じころパリ王立植物園長だったビュフォンが36巻におよぶ《博物誌》を刊行,進化思想で系統づけた自然誌を出した。以後は,知識がふえて内容が膨大になるのと数学的科学が自然科学の中心になったので,自然誌は百科事典にその役割をゆずった。

 中国では3世紀に魏の文帝の命で繆襲(びゆうしゆう)らが《皇覧》(120巻,《隋書》経籍志による)を編纂したのをはじめとして,いわゆる〈類書〉が編纂されるようになった。著名なものとしては宋の李昉(りぼう)らが勅命で編纂した《太平御覧(たいへいぎよらん)》や王欽若(おうきんじやく)が編集した《冊府元亀(さつぷげんき)》,明の王圻(おうき)が親子2代で撰した《三才図会(さんさいずえ)》がある。いずれも天文・地理から始めて草本に終わる分類百科全書であって,日本でも江戸時代に寺島良安によって《和漢三才図会》(1712)ができている。しかしとくに動植物については別に〈本草書〉の伝統があり,梁の陶弘景が漢末の混乱で散逸した本草書を整理し,《神農本草》《名医別録》を基に《神農本草経》の定本を著したのに始まり,李時珍の《本草綱目》で完成した。江戸時代,日本ではこれらの研究は〈物産学〉と呼ばれて盛んであった。最近の自然誌研究ではおもにその分類法に関心が向けられている。
博物学 →本草学
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の自然誌の言及

【博物学】より

…自然史,自然誌とも訳される。元来は,主として天然に存在する多様な動物,植物,鉱物(つまり自然物)の種類,性質,分布などの記載とその整理分類の学であった。…

※「自然誌」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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