日本大百科全書(ニッポニカ) 「上野千鶴子」の意味・わかりやすい解説
上野千鶴子
うえのちづこ
(1948― )
社会学者。富山県に生まれる。1977年(昭和52)京都大学大学院社会学専攻博士課程修了。京都精華大学助教授、ボン大学客員教授などを経て、1995年(平成7)より東京大学大学院人文社会系研究科・文学部教授(2011年退職)。構造主義社会学、マルクス主義フェミニズムの新しい理論化を行う。
1982年『セクシイ・ギャルの大研究』で注目される。同書はコマーシャル写真を記号論的に解読することを通じて、女性が男性社会においてどのように見られ、商品化されているかを論じた。また同書はアカデミズム向けの本ではなく、カッパ・サイエンスという大衆向けシリーズの1冊として上梓(じょうし)されたことも話題になった。同年『主婦論争を読む』1・2を発表。これらにより「1980年代フェミニズムの旗手」などとも称されるが、上野の論はかつて1960年代には「ウーマン・リブ」、1970年代には「女性解放運動」などとよばれたものの延長線上にある。その論壇へのデビューの時期は浅田彰や中沢新一、四方田犬彦(よもたいぬひこ)(1953― )らが登場して、「ニュー・アカデミズム・ブーム」とよばれた時期と符合する。事実、上野の方法論は記号論や構造主義を社会学に応用し、性差と性差別の仕組みをあきらかにしようというものだった。1985年『構造主義の冒険』および『資本制と家事労働』を発表。上野は『女という快楽』(1986)や『女遊び』(1988)、『スカートの下の劇場』(1989)などで、性愛を語り、これまで男性の視線で一方的に語られるものだった女性の性を、女性自身の手に奪い取ろうとしている。また、これらの論文で、上野は単に女性からみたセクシュアリティについて述べるだけでなく、ゲイやレズビアン、トランスジェンダー(男女の性別の境界を越えるさまざまな性的意識の形態)などの視点も踏まえて、セックス、セクシュアリティ、ジェンダーといったさまざまな位相における女性性の相対化を試みている。『家父長制と資本制』(1990)ではマルクス主義的フェミニズムの立場から、資本制社会システムと性差別が構造的に不可分であることを指摘。性差別が前近代的因習ではなく、社会の近代化や工業化の過程で近代的家族として巧みに構造化されてきたことを明らかにした。また、同年の『40歳からの老いの探検学』では、加齢や介護なども視野に入れた社会論を展開する。1994年『近代家族の成立と終焉(しゅうえん)』でサントリー学芸賞を受賞。『男流文学論』(共著、1997)や『上野千鶴子が文学を社会学する』(2000)では、日本文学における男女の非対称性を指摘し、文化のなかで構造化された性差別を明らかにした。
[永江 朗]
『『構造主義の冒険』(1985・勁草書房)』▽『『資本制と家事労働――マルクス主義フェミニズムの問題構制』(1985・海鳴社)』▽『『女という快楽』(1986・勁草書房)』▽『『女遊び』(1988・学陽書房)』▽『『家父長制と資本制――マルクス主義フェミニズムの地平』(1990・岩波書店)』▽『『40歳からの老いの探検学』(1990・三省堂)』▽『『近代家族の成立と終焉』(1994・岩波書店)』▽『上野千鶴子著『ナショナリズムとジェンダー』(1998・青土社)』▽『上野千鶴子著『おひとりさまの老後』(2007・法研)』▽『『セクシイ・ギャルの大研究――女の読み方・読まれ方・読ませ方』(カッパ・サイエンス)』▽『『スカートの下の劇場』(河出文庫)』▽『『上野千鶴子が文学を社会学する』(朝日文庫)』▽『上野千鶴子・小倉千加子・富岡多恵子著『男流文学論』(ちくま文庫)』