主婦論争(読み)しゅふろんそう

日本大百科全書(ニッポニカ) 「主婦論争」の意味・わかりやすい解説

主婦論争
しゅふろんそう

第二次世界大戦後の主婦の状況をめぐって、家事労働の位置づけや女性の社会参加の意味を争点に展開された女性論争。家事労働論争といわれることもある。

[大門泰子]

第一次主婦論争

1955年(昭和30)『婦人公論誌上に掲載された石垣綾子(あやこ)の「主婦という第二職業論」が第一次論争の発端となった。石垣は、女性は結婚すると職業を捨てて家事労働に専念し、人間的な成長が止まってしまうと批判し、女性の仕事の第一は職業であるべきだと主張した。この主張に、田中寿美子(すみこ)・嶋津千利世(しまづちとせ)らは職場進出論の立場から支持した。一方、坂西志保(しほ)・福田恆存(つねあり)らは主婦天職論を主張し、性別役割分業に基づく家庭擁護の立場から反対し、平塚らいてう・清水慶子らは、第二次世界大戦後の主婦の政治的・経済的運動を評価して主婦運動論を展開した。この論争の背景には、当時、労働力需要が増大していくなかで核家族化が進み、同時に電化製品などの普及で家事労働時間が短縮し、一方、家計が膨張するという社会状況があった。

[大門泰子]

第二次主婦論争

第二次論争は、1960年、磯野富士子(いそのふじこ)の「婦人解放論の混迷」(『朝日ジャーナル』)が発端となった。磯野は、賃労働者の妻の家事労働が、夫の労働力の再生産につながることから、家事労働価値説を主張し、さらに、女性にとって、賃労働者になることが解放ではないと主張した。これに対し、嶋津千利世・黒川俊雄(としお)らはマルクス経済学論理にたって、家事労働は、使用価値は生むが交換価値は生まないから、生産労働ではないといって退け、高木督夫(ただお)は、磯野の後者の主張を支持しながらも、その主張は、家事労働に専従できる階層の女性を代弁するものでしかないと限界を指摘した。

[大門泰子]

第三次主婦論争

1970年代に入り、女性の雇用者が増大するものの、経済的な自立は困難な就業状況のなかで発表された武田京子の「主婦こそ解放された人間像」(1972『婦人公論』)は、新しい争点を提示した。武田は、生産労働に価値をみいだそうとする生き方よりも、生活に確固と足を据えた自由で人間的な生活をしている生き方に価値を求め、「主婦こそ解放された人間像」であると主張した。この主張の背景には、労働時間の長さへの批判、高度成長期における私生活重視の考え方があった。この主張に対して、伊藤雅子(まさこ)らが、主婦の閉塞(へいそく)された状況を理由に、けっして主婦は解放されていないと反論した。

[大門泰子]

1980年代、育児論争への展開

1980年代に入って、既婚女性の職場進出が進展し、性別役割分業への批判が高まると、育児の問題を争点に加えた「子連れ出勤論争」(1987。通称「アグネス論争」)が展開されたが、この育児論争もまた主婦論争の流れにのるものであった。

[大門泰子]

『上野千鶴子編『主婦論争を読む』Ⅰ・Ⅱ(1982・勁草書房)』『アグネス・チャン、原ひろ子著『“子連れ出勤”を考える』(1988・岩波ブックレット)』『有地亨著『家族は変わったか』(1994・有斐閣)』『石垣綾子著『石垣綾子日記』上下(1996・岩波書店)』

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