日本大百科全書(ニッポニカ) の解説
下垂体性ADH分泌異常症
かすいたいせいえーでぃーえいちぶんぴついじょうしょう
下垂体から分泌されるADH(anti-diuretic hormon、抗利尿ホルモン)の分泌障害や分泌亢進(こうしん)により生ずる疾患。指定難病。
ADHが過剰に分泌されるADH不適合分泌症候群(SIADH:syndrome of inappropriate secretion of antidiuretic hormone)と、ADHの分泌が低下している中枢性尿崩症の二つの病態がある。ADHは、脳の視床下部で合成されたのち、茎でつながっている下垂体の後葉に送られてから分泌されるホルモンで、バソプレッシンともいい、尿細管での水の再吸収を促す作用がある。健常者では、ADH分泌は、血漿(けっしょう)の浸透圧の変化に視床下部にある血漿浸透圧受容体が鋭敏に反応して調節されている。厚生労働省により指定難病と定められているADH分泌異常症は、間脳・下垂体の腫瘍(しゅよう)、炎症、または血管障害等が原因で生じた下垂体性ADH分泌異常症をさし、他臓器疾患が原因で生ずる、たとえば肺癌(がん)などの異所性ADH産生腫瘍や薬物等によるADH分泌異常は含まれない。
SIADHは、ADHの過剰な分泌により水分が体内にたまり、血清ナトリウム濃度が低下して、全身倦怠(けんたい)感、食欲低下、頭痛、悪心(おしん)などの症状が出現する。血清ナトリウム濃度がさらに低下すると、けいれんや嘔吐(おうと)などの症状が出現するので、水分摂取を制限する必要がある。発症率は高齢者で高く、患者数は不明であるが、低ナトリウム血症患者中に占めるSIADHの割合を考えると、珍しくないと推定されている。
ADHの分泌低下による中枢性尿崩症では、口渇が生じ、水分を多量に摂取するため、尿量が1日に3リットル以上の多尿になる。2015年(平成27)の厚生労働省難病研究班の報告によると、日本における患者数は10万人当り7~10人で、その80~90%は腫瘍や外傷によるもの、10~20%は原因不明の特発性中枢性尿崩症、1%は家族性であった。治療法としては、原因疾患を治すとともに、ADH作用をもつデスモプレッシンを経鼻的に使用する。
[大久保昭行 2016年6月20日]