濃度の異なる2種の溶液を半透膜を境として接触させると、溶質の濃度の小さいほうから濃厚溶液のほうへと溶媒の移動がおこる(ナメクジに塩をかけたときを考えればよい)。この現象を浸透という。以前は「滲透」と書いた。このような溶媒の移動を阻止するためには、濃厚溶液のほうに余分の圧力を加える必要がある。つまり、半透膜を通して希薄溶液のほうから、この余分の圧力に相当するだけの圧力がかかっていることになる。この圧力が浸透圧である。通常は希薄溶液のかわりに純溶媒を用いて測定したものを「溶液の浸透圧」という。溶液の浸透圧は溶液の濃度、温度によって変化するが、あまり濃厚でない溶液については、ΠV=inRTまたはΠ=icRTが成り立つ。ここでΠは溶液の浸透圧、Vは溶液の体積、nはモル数、cはモル濃度(=n/V)、iはファント・ホッフ係数、Rは気体定数、Tは絶対温度である。非電解質、たとえばアルコールやショ糖などではiは1に等しいが、電解質においては1よりも大きくなる。これは溶液中で解離がおこるためで、分子数が初めに加えたモル数よりも増加していることを示している。生理食塩水は0.85%の塩化ナトリウム水溶液であるが、これは動物や人間の体液とほぼ等しい浸透圧を示す。つまり「等張である」という。赤血球などを純水に投入すると浸透圧のために吸水がおこって破裂するが、生理食塩水の中では変化しないのはこのためである。
また、濃厚溶液のほうに浸透圧よりも大きな圧力をかけると、半透膜から逆に溶媒が絞り出される現象がおこるが、これは逆浸透とよばれ、海水淡水化、廃水処理などに利用が始まっている。しかし、大きな圧力に耐える半透膜をつくるには、まだかなり困難な問題がある。
[山崎 昶]
半透膜を挟んで接する2溶液間の浸透圧は、各溶液の溶媒に対する浸透圧の差に等しい。細胞の原形質膜(細胞膜)は半透膜の性質をもつため、生物にとっては、体液の浸透濃度を適切な範囲に保つことが、それと接する細胞の生理的条件を維持するために重要である。しかし、生体内において、細胞膜はカリウムイオン(K+)などに対する選択的透過性(物質によって膜透過性が異なること)をもち、また、ナトリウムイオン(Na+)、カルシウムイオン(Ca2+)および糖やアミノ酸などの能動輸送(濃度勾配(こうばい)に逆らう物質輸送)を行う。その結果、細胞内外の液の浸透濃度が等しくても、かならずしも溶媒である水の移動が平衡状態にあるとは限らない。そこで、ある溶液に細胞を浸したとき、細胞への水の出入りが均衡し、細胞の体積が変化しないならば、その溶液を等張液という。それに対し、細胞から水を奪って細胞の体積を減少させるものを高張液、逆に細胞内に水が入って細胞が膨潤するものを低張液という。たとえば、海水と同じ浸透濃度をもつ塩化ナトリウム溶液、すなわち等浸透液中では、ウニ卵はほとんど体積が変化しない。したがって、この溶液は等張液である。しかし、同じように海水と等浸透液である塩化カルシウム溶液中では、ウニ卵は吸水して体積を増す。すなわち、低張液となる。一般に動物細胞は内圧の変化に応じて容易に変形し、細胞内外の圧差(膨圧)はきわめて低い値に保たれる。したがって、細胞膜が理想的半透膜(溶媒のみを通し、溶質を完全に通さない)であると仮定できる条件下では、細胞への水の出入りは細胞内外の浸透濃度が一致した点で平衡に達する。実際に、ウニやゴカイの卵では、非水相(浸透的に不活性な細胞体積部分)とよばれる補正値を減じた体積の価は、ある程度薄めた海水などの細胞外液の浸透濃度に反比例して変化する。
一方、植物細胞は細胞壁によって体積が制限され、膨圧は数気圧から数十気圧にまで達する。浸透圧は、植物体の力学的強度を保ったり、成長運動や就眠運動の原動力を提供するなど、植物においても重要な役割を果たしている。
[村上 彰]
人体内の体液の浸透圧は腎髄質(じんずいしつ)を除いてすべて等しく、かつ一定に保たれている。このため、浸透圧が変化すると、細胞内外、あるいは各体液間に水の移動がおこり、細胞内部の水欠乏や水過剰を生じ、円滑な生体機能が失われてしまう。したがって浸透圧は生体内部環境としてもっとも重要な条件の一つといえる。血液の浸透圧は腎臓から排泄(はいせつ)される水およびナトリウムの量によって調節されている。たとえば血漿(けっしょう)の浸透圧が上昇すると、下垂体後葉からの抗利尿ホルモン分泌が増加して、腎尿細管における水の再吸収が増すこととなる。その結果、尿量が減少して血漿の濃縮を防ぐ一方、渇きを感じて水分の摂取が増加する。逆に血漿の浸透圧が低下した場合は、抗利尿ホルモン分泌が抑制されて水分の排泄が増加する。
体液の浸透圧の大部分は電解質によって生じるもので、その圧力は285ミリ浸透圧モル(5500ミリメートル水銀柱)である。一方、血液の中には電解質のほかにタンパク質などの大型分子も含まれており、このような大型分子による浸透圧を膠質(こうしつ)浸透圧という。電解質は毛細血管壁を自由に透過するため、それによる浸透圧は血管壁の内外でただちに平衡に達する。ところが血漿の膠質浸透圧は約20ミリメートル水銀柱にすぎないが、タンパク質は毛細血管壁を透過しないため、間質液に対して血漿は高張となり、水を血管内に吸引する力となる。このため、逆に栄養障害などによって低タンパク血漿になると、膠質浸透圧が減少するため、水分が血管から組織へ出て浮腫(ふしゅ)(むくみ)をきたすこととなる。
[真島英信]
溶液中で溶媒が浸透していく力。浸透による溶媒の移行を抑えるためにちょうど必要な力として測定することができる。たとえばU字管の中央を半透膜で仕切り,一方に純水(A),他方にショ糖水溶液(B)を,両方の液面の高さを等しくするように入れ放置しておくと,浸透により水がAからBに移っていく。その結果,Bの液面は高くAの液面は低くなるが,両方の高さがある差に達すると水の移動が止まり釣合いの状態になる。これは水の浸透していこうとする力が液面の高度差による圧力に抑えられ,釣合いの状態に達したためであり,この圧力が浸透圧に等しい。あるいはBに適当な圧Pを加えて,水の浸透が起こらないようにすると,Bに加えた圧が浸透圧に等しい。浸透圧を測定する装置を浸透計osmometerという。
1877年ドイツの植物学者W.ペッファーは,素焼の板の中につくったフェロシアン化銅Cu2Fe(CN)6の沈殿を半透膜として用いて,種々の温度,濃度でショ糖水溶液の浸透圧を測定し,実験的に次の関係を見いだした。すなわち,浸透圧は一定温度では濃度に比例し,一定濃度では絶対温度に比例する。87年オランダの物理化学者J.H.ファント・ホフは,ペッファーの実験結果に基づき次の関係式を導き,熱力学に基づいて証明した。
ΠV=nRT ……(1)
ここでΠは浸透圧,Vは溶液の体積,nは溶質の物質量(モル数),Tは絶対温度,Rは気体定数である。この関係をファント・ホフの法則という。n/V=Cv(体積モル濃度)とおくと,
Π=CvRT ……(2)
(1)式は理想気体の状態方程式と類似の形をもつので,この式に基づいて希薄溶液と理想気体との対応が論じられ,溶液論の発展の端緒となったが,現在この類似性はあくまでも形式的なものであると考えられている。実際には(1)においてCvの代りに重量mol濃度Csを用いたほうが実測値によく近似できる。酢酸セルロース,ニトロセルロースなど種々の孔径の半透膜を利用して,浸透圧を測定し溶質の分子量を求めることができる。とくに高分子化合物の分子量測定に適しており,数平均分子量が求まる。海水は約3.5%の塩類を含む比較的濃厚な塩溶液で,純水に対して23.12気圧の浸透圧をもつ。また生物細胞内の原形質はほぼ0.85%塩化ナトリウム水溶液または0.25molショ糖水溶液に相当する浸透圧をもつ。
浸透圧はふつう気圧の単位で表される。溶液が単独に置かれているときは,まだ現実には浸透圧が発生していないので,こういう場合の潜在的な浸透圧を浸透価osmotic valueと呼び,溶液の浸透濃度osmotic concentrationで表す。浸透濃度は氷点降下度の測定によっても求められ,理想非電解質の1重量mol溶液の氷点降下度1.858℃から計算されるオスモル濃度osmolarityで表されることが多い。
液胞のよく発達した植物細胞において,内外両表面を半透膜で包まれた細胞質は液胞内の細胞液と浸透平衡を保っているので,この原形質の層全体が一定の厚みをもった半透膜として働いているとみなしてよい。植物細胞を水に浸すと水ポテンシャルの差によって水は細胞へ浸透し,細胞壁に圧(膨圧という)を加え細胞壁を押し広げ,細胞の容積が増大するとともに水ポテンシャルは上昇する。しかし,細胞壁は膨圧と大きさが等しく方向が反対の圧(壁圧)で細胞を内側へ押しているので,細胞容積はどこまでも大きくなれるというわけではない。水がこれ以上細胞内へ入れなくなったとき液胞の水ポテンシャルは0で,このときΠ=P(Pは壁圧)となっている。植物細胞を浸している液(外液)に細胞膜を通らないような溶質を加えて外液の浸透濃度を上げていくと,Pが0となり,まさに原形質分離が起ころうとする(限界原形質分離)。このとき液胞の浸透圧と外液の浸透圧は等しい。このことを利用して植物細胞の浸透圧を測定することができる。
植物細胞が行う浸透圧変化は,環境変化に対応して起こる気孔の開閉など,運動現象の原因として重要な生理学的意味をもっている。植物細胞の浸透圧はふつう5~18気圧であるが,一般に冬は夏に比べ高い値となり凍りにくくなっている。塩生植物halophyteでは74~153気圧,塩濃度の高い培地に生育するカビの一種では157気圧という著しく高い値が報告されており,高塩環境に対する一種の適応と考えられる。
→浸透
執筆者:妹尾 学+辻 英夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
半透膜を隔てて純溶媒と溶液を接したとき,溶媒側から溶液側への溶媒の進入(浸透)を止めるために,溶液側にかけるべき過剰の圧力.記号Π.最初,J.H. van't Hoff(ファントホッフ)は,浸透圧と溶液の濃度の間に
ΠV = RT
の関係があることを見いだした.ここで,Vは溶質1 mol を含む溶液の体積,Rは気体定数,Tは絶対温度であり,理想気体の法則に形式的に類似している.しかし,この式は希薄溶液についてのみ近似的にあてはまり,少し濃い溶液での実験値との不一致はいちじるしい.上式のVとして,1 mol の溶質を含む溶媒の体積を用いたH.N. Morseの式は,ファントホッフの式より濃い濃度まで成り立つ.さらに,熱力学的に導かれた理論式
は,Morseの式よりもさらに高濃度まで実測値とよく一致する.この式で,は溶液中における溶媒の部分モル体積,p°およびpは,それぞれの温度における純溶媒および溶液の蒸気圧である.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…哺乳類では腎臓でつくられた尿は輸尿管を通って膀胱に集められ,間欠的に尿管を通って体外に出される。再吸収や分泌される物質の種類と量は,体液の浸透圧やイオン調節と関連して,おもにホルモン(アルドステロン,バソプレシンなど)によって調節され,適当な濃度の尿ができる。海水魚のように体液より高張な環境にすむ動物は比較的濃い尿を,淡水の動物は体液より淡い尿を出す。…
※「浸透圧」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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