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不破哲三 ふわてつぞう

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

不破哲三
ふわてつぞう

[生]1930.5.1. 東京
政治家。本名上田健二郎。 1953年東京大学物理学科卒業。一高在学中の 47年に日本共産党に入党する。 53年大学卒業前に日本鉄鋼産業労働組合連合会 (鉄鋼労連) 書記局書記となり,64年日本共産党本部に勤務。

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百科事典マイペディアの解説

不破哲三【ふわてつぞう】

政治家。東京都生れ。東大卒。本名は上田建二郎。1947年日本共産党入党。1966年党中央委員。1970年書記局長になり,常任幹部会員。1982年幹部会委員長,1987年委員長を辞任し党中央委員会副議長に就任,1989年委員長に復帰。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

不破哲三 ふわ-てつぞう

1930- 昭和後期-平成時代の政治家。
昭和5年1月26日生まれ。上田庄三郎の次男。上田耕一郎の弟。昭和22年共産党にはいる。東大卒業後,鉄鋼労連の書記をつとめる。41年共産党中央委員となり,44年衆議院議員(当選11回)。45年党書記局長。57年党幹部会委員長。平成12年党中央委員会議長に就任。15年議員活動を引退。18年党中央委員会議長を退任。東京出身。本名は上田建二郎。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

不破哲三
ふわてつぞう
(1930― )

政治家。東京都生まれ。本名上田建二郎。兄は共産党副委員長を務めた上田耕一郎。1953年(昭和28)東京大学卒業。1947年旧制一高在学時に日本共産党に入党した。大学卒業後、日本鉄鋼産業労働組合連合会本部書記を1964年まで務め、同年3月からは党本部に移り、中央委員候補、中央委員を経て、1970年の共産党第11回大会で新設の書記局長に就任した。同時に最年少40歳で常任幹部会員となった。1969年の総選挙で衆議院旧東京6区から初当選。1982年に党幹部会委員長となり、1987年に「健康上の理由」でいったん辞任し、中央委員会副議長に就任したが1989年(平成1)に復帰、2000年(平成12)11月に議長となった。早くから兄耕一郎とともに宮本顕治(けんじ)路線の理論的支柱であり、また党の顔として共産党の躍進に尽力した。2003年議員を引退。2006年党議長を退任。党付属の社会科学研究所所長に就任した。著書は多数あるが、1956~1957年に耕一郎との共著として発表した『戦後革命論争史』は党の批判を受け、1964年に絶版とした。[伊藤 悟]
『不破哲三著『現代史のなかの日本共産党』(1992・新日本出版社・新日本新書) ▽不破哲三著『不破哲三 時代の証言』(2011・中央公論新社)』

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